2010年12月31日金曜日

年の終わりに・・・

もうすぐ年が明けますよ~!
昨日今日と、メール配信システムがうまく動かなくてすみませんでした(>_<;)!!今年の最後、短いメッセージを送りますね。

◆今日の聖書◆
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。(詩編103:2)

◆どういうこと?◆
この一年間、きっとみんないろいろあったと思います。聖書は「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」と勧めています。

新しい年を迎える前に、一年間の感謝を、ちょっと思い起こしてみませんか?

教会では、自分の年の数だけ感謝を数えようと勧められています。

良かったこと、感謝なことに目を留め、あえて感謝することで、きっと新しい年に向けてのパワーが湧いてきますよ。

◆考えてみよう◆
一年間で、一番感謝だったことは?できれば、感謝をたくさん思い出してみよう!

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、この一年間を心から感謝します!新しい年も気持ち良く過ごせますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

みなさん、よいお年を!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤
◆今日の聖書◆
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。(詩編103:2)

◆どういうこと?◆


◆考えてみよう◆


◆ひとこと祈ろう◆


Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

感謝のパワー

おはよう!今年ももうあとわずかだね。今年一年間はみんなにとってどんな年だったかな?

◆今日の聖書◆
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケ第一5:16-18)

◆どういうこと?◆
良かった事、うれしかった事を感謝するのは誰にでも出来ることです。でも、聖書はこう言っています。

「すべての事について、感謝しなさい。」

「すべてを感謝する」とは、良かった事だけでなく、悲しかった事、悪かった事など、自分の身に起こった「すべて」が対象です。感謝できそうにないことも感謝するのです。

しかも、「できれば、感謝する」というのではありません。「感謝しなさい」という命令なのです!

もし、ボクたちが本当にこの言葉の通りにすべての事を感謝しはじめると、ボクたちの人生が革命的に変わります。ボクたちの物の見方が変えられると、周りの流れが変わっていきます。マイナスのエネルギーがプラスに変えられていきます。感謝する人の周りには、自然と感謝なことが引き寄せられてくるのです。

この一年間を、感謝して終わりたいと思いませんか?

◆考えてみよう◆
この一年間、どんな感謝なことがあったかな?感謝できないこともあった?それを感謝できる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、すばらしい一年間を感謝します。感謝できないようなことも感謝出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

感謝のパワーを体験しよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月29日水曜日

思いがけない時に

おはようございます!

◆今日の聖書◆
だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。(ルカ24:44)

◆どういうこと?◆
誰も見ていない時、君はどんな生活態度をしてるかな?

エスペランサに来ている時と、学校にいる時と、家にいる時と、自分の態度はどう違うかな?

イエス・キリストはボクたちのために十字架にかかり、救いの道を用意してくれました。しかし復活し天に昇り、やがてもう一度この地上に来ます。そして、その日は突然やってきます。

その時、すべてが明らかになるのです。

その日、自信をもって神様の前に出る事が出来るような生活をしたいよね。自分自身で納得の行く歩みが出来るように、まずは今日一日、一瞬一瞬を大切にして歩んでみようよ。

◆考えてみよう◆
自分が一番悪い態度をとるのは、どんな場所、どんな時だろう。それは、変えられるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも神様の声に従って、自分の納得行く態度で生活できますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

その日は今日かもしれません!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月28日火曜日

大逆転の人生

おはようございます!

◆今日の聖書◆
私たちは、四方八方から苦しまれますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。いつでもイエスの死をこの身において明らかに示されるためです。(コリント第一4:8-10)

◆どういうこと?◆
苦しみのない人生はありません。中学生だって、もうすでにいろんな辛いことを通ってきたよね。今年一年を振り返った時、ひょっとしたら辛い経験ばっかりだったという人もいるかもしれません。

でも、覚えて欲しいことがあります。どんなに辛い苦しみでも、絶対に出口があるということです。

四方八方を取り囲まれて、もう逃げ道がないと思うような時もあるかも知れません。でも、そんな時は、ぜひ上を見上げて欲しいのです。どんな時でも、そこにだけは逃げ道があります!・・・そう、ボクたちの救い主、イエス・キリストの姿を見上げるのです。

イエス・キリストの人生は、まさに大逆転の人生でした。十字架につけられ、人々はもうそれで終わりだと思いました。でも、イエス・キリストは復活しました。死に勝利したのです。

ボクたちの心にイエス・キリストがあるとき、ボクたちの苦難も必ず大逆転で、大勝利に変えられるのです!

◆考えてみよう◆
今年一番の苦難は何だったかな?今、振り返ってみてどう感じる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな困難も、イエス・キリストにあっては大勝利に変えられることを感謝します。どうか最後まで信じ続けられますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

大逆転の人生に期待しよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月27日月曜日

預言が成就するため

おはよう!

◆今日の聖書◆
このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就(じょうじゅ)するためであった。(マタイ1:22)

◆どういうこと?◆
イエス・キリストの誕生から十字架にいたるまで、彼の生涯は、みなすでに語られた預言が成就(実現)するためのものでした。すべての出来事は、預言が成就するためだったのです。

それは、ボクたちの人生における出来事でも同じ事です。

「神は私たちを世界の基の置かれる前から彼(キリスト)にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。」(エペソ1:4-5)

神様は、世界の始まる前から、ボクたちを神様の子供とする計画を定めて下さっています。聖書の預言は、ボクたちの人生を通してさらに成就していくのです。

この計画を、ボクたちが信じるという事を通して実現させようではありませんか。

◆考えてみよう◆
神様は君の人生にどんな計画を持っていると感じる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたの計画に自分の意志で従っていくことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神の計画は必ず実現します!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月26日日曜日

【速報】リーグ戦・抽選結果

気になるだろうから、とりあえず結果を速報として送っちゃいますね。
ボクのメールが受け取れてない人もいるみたいなので、受け取れてる人にだけにひとまず教えちゃいます。

U-15トップリーグ:グループB
・MK.FC
・TOKYU S Reyes
・SCH.FC
・ヴェルディSS相模原
・エスペランサ
・シュートFC

U-13トップリーグ:グループB
・横浜栄FC
・バディーJYサックス
・エスペランサA
・FC明浜
・FC湘南
・TOKYU S Reyes

U-13・1部リーグ:グループC
・並木中学校
・SCH.FC
・HORTENCIA white
・エスペランサB
・SC相模原B
・FC厚木JY MELLIZO


絶対勝てます!どこも強豪だけど、頑張ろうねっ!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

定めの時

おはよう!昨日は今年最後の試合をキチッと勝利で飾れて良かった!そして、次ステージの抽選会に行ってきましたよ。結果はまた後ほど。

◆今日の聖書◆
しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。(ガラテヤ4:4)

◆どういうこと?◆
みんな、オセロゲームやったことあるよね?初心者は、毎回たくさんのコマをひっくりかえすことばかり考えて、結局最後には大差をつけられて負けてしまいます。オセロゲームの勝ち負けは、最後の最後の状態で決まると分かっているのに、目先のコマのことしか見えないからです。上手な人は、最後の最後に勝利するためにはどうしたら良いかが分かっているので、目先のことに惑わされません。ちゃんと計画があるからです。

同じように神様は、ボクたち一人一人に対する計画をちゃんと持っていてくれます。それは、最後の最後でちゃんと勝利する計画です。もし、そのことが分かっていれば、いま思うようにコマがひっくり返せなくても、あせる必要がなくなるのです。

神様は、一人一人にふさわしい「時」を用意しています。今、自分には理解できないような事があったとしても、その事を信じて、落ち着いて歩み続けてください。必ず勝利する時が来る。そう信じてください。

すべてのことは、神様の手の中にあります。神様がすべてのことを治めているのです。

◆考えてみよう◆
今悩んでる事が、長い目で見てプラスになるとしたら、どんな風にプラスになるのかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたの計画を信じます。どうか、自分の時が来るまで、信頼して待ち続ける事が出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

必ず勝利の時が来る!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月25日土曜日

ひとりぼっちじゃない

Merry Christmas!! 昨日はとっても楽しいクリスマス会だったね。2年生のみんなご苦労さま。ありがとう!今日は、今年最後の試合。後はもう休みだから、力を120%出して頑張ろう!!

◆今日の聖書◆
ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼い葉おけに寝かせた。宿屋(やどや)には彼らのいる場所がなかったからである。(ルカ2:6-7)

◆どういうこと?◆
「自分のいる場所がない・・・」

これほどつらいことは、他にないのではないでしょうか。人間というのは、人との関係の中で生きる生き物です。ですから、自分には居場所がないと感じると、精神的に相当なダメージを受け、病気になったり、不登校になったり、時には死を考えたりするようになるのです。

でも、神のひとり子であるイエス・キリストは、生まれる前から拒絶を体験しました。そして「自分のいる場所がない」という辛さを、そんな小さな頃から味わってくださったのです。生まれてからも彼はしばしば人々から拒絶されました。罪人たちと一緒に食事をしていたり、安息日にしてはならないことをしているといって人々に非難されました。そして何よりも、何も悪いことはしていないのに、人々は彼を十字架につけたのです。

この方こそ、クリスマスに生まれてくださった救い主。

彼以外に、ボクたちの痛みや孤独を100%分かってくれて、その重荷を負ってくれる方は他にはいません。この方が、ボクたちの永遠の居場所です。もうキミは、二度とひとりぼっちになることはないのです。

◆考えてみよう◆
自分にとって、一番心を開いて話ができる相手は誰だろう?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたが拒絶を味わってくださり、ボクのつらいことも全部知っていてくださり、ありがとうございます。あなたをこの心にお迎えします。これからずっと、あなたとともに歩ませてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

もうひとりぼっちじゃないよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月24日金曜日

すばらしい喜び

メリークリスマス!今日はお楽しみのエスペランサ・クリスマスです。たくさんのプレゼントを用意して待ってるよ!

◆今日の聖書◆
御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」(ルカ2:10-11)

◆どういうこと?◆
「今日、ついに救い主が、生まれたんですよ!!」

天使たちが告げた、この「すばらしい喜びの知らせ」・・・人々は、この日をどれほど待ちこがれていたことでしょう。

では、天使から、一番始めにこの素晴らしい知らせを聞いたのは誰だと思いますか?

・・・そう、羊飼いたちなのです。羊飼いというのは当時、とても貧しい、身分の低い職業でした。しかも、夜に羊の番をする担当というのは、その中でもランクの低い羊飼いたちだったのです。

この「すばらしい喜びの知らせ」は、すべての人のためのものです。金持ちや、能力がある人、地位のある人だけのものではありません。

いやむしろ、心の中に寂しさを抱えていたり、悩みを抱えていたり、人々から虐げられているような人々に対して、語られたのです。

「すばらしい喜びの知らせ」とは、救い主イエス・キリストの誕生のことです。

今日、もし心を開くなら、神様はキミの心の中にも生まれてくださるのです。

◆考えてみよう◆
心の中に、寂しさを感じたことはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたをこの心にお迎えします。どうか、あなたの喜びで満たしてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン。」

本当のクリスマスをどうぞ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月23日木曜日

預言の成就

おはようございます!今日は2年生、3年生ともに今年のいい締めくくりをしたいね!ベストを尽くして頑張ろう!

◆今日の聖書◆
そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。(ルカ2:1)

◆どういうこと?◆
ヨセフとマリヤは、ナザレという村に住んでいました。しかし、もうすぐ赤ちゃんが生まれるという時になって、ローマ皇帝から住民登録のために生まれ故郷に戻りなさいという命令が出たのです。そこでふたりは、ヨセフの故郷であり、ダビデの町とも呼ばれるベツレヘムに向かうことになりました。

考えてもみてください。ナザレからベツレヘムは、100km以上もあります。そこを、出産直前の妊婦さんを連れて歩いて行くのです。普通では絶対にしないことです。でもその当時、ローマ皇帝の命令は絶対でした。ですから、ヨセフとマリヤはそれに従うしかありませんでした。

でも、ここで奇跡が起きたのです。なんと聖書の預言では、救い主はベツレヘムで生まれると書いてあったのです。ナザレのマリヤはこの命令があったからこそ、ベツレヘムでイエス・キリストを出産しました。そして、確かにイエスが神様の計画された救い主であることが明らかにされたのです。

神様は、世の中の権力者すらも用いて、神様の計画を実現することが出来るのです。

時々、ボクたちの意志ではどうにもならない事ってあると思います。でも、神様はそういう状況のすべてをも支配してくださっているのです。だから、どんな事があっても、あきらめないで最後まで神様を信じ続けるなら、自分の想像も出来なかったような祝福にあずかることが出来るのです。

◆考えてみよう◆
1. 今、自分んお手に負えないような状況って何かあるかな?

2. そういう事も、神様は自分のために用いてくださると信じられますか?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたは世の中の権力よりも偉大な方です。自分に起こっている状況のすべて理解出来ないときでも、最後まであなたを信じて歩むことが出来るように導いて下さい。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

すべては神様の手に握られてます!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月22日水曜日

ことばは人となって

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハネ1:14)

◆どういうこと?◆
イエス・キリストは、家畜小屋の飼い葉桶で、それも貧しい大工の子として生まれました。何でも出来る神様が、時間も空間も能力も制限された人間イエス様となってくださったのです。

人間は、生まれながらに罪人です。しかし、人間イエス様はひとつも罪を犯すことがありませんでした。人間としての正しい歩みをボクたちに教えるためです。人が神になることはできません。しかし、神様ご自身が人となることを決断してくださったのです。

イエス・キリストは、ボクたちの身代わりとして、十字架で死んでくださるために生まれました。

イエス・キリストは、そのようにして、ボクたちのことを愛してくださいます。いのちがけで愛してくださっているのです。

◆考えてみよう◆
大切な人のために、自分を犠牲にすることは出来ますか?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたは十字架に架かるために生まれて来てくださいました。命がけで愛するために生まれてくださいました。このイエス様の姿にならうものとさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

いのちがけの愛、今日も注がれてます。
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月21日火曜日

光は闇に勝利する

おはようございます!

◆今日の聖書◆
光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:5)

◆どういうこと?◆
この季節、街を歩けばどこに行っても、色とりどりのイルミネーションが輝いています。そう、クリスマスほど光のデコレーションの似合う季節はないのではないでしょうか。なぜなら、クリスマスは、人類の希望の光であるイエス・キリストが生まれてくださった日だからです。

ボクたちは、闇の中では生きていくことができません。どこに何があるのかも分からない。足下に汚物があっても気付くことができない。どこへ向かって進んだらよいのかも分からない。闇は、ボクたちを寂しさや孤独へと追いやっていきます。

でも、そこに光がともると、たちまちに闇は消えてなくなります。今自分がどこにいて、まわりがどういう状況なのかが分かります。どこへ進んだらよいのかも分かります。まわりの人々の存在に気付き、感謝して日々を過ごすことができます。

イエス・キリストは、ボクたちの心に光をともしてくださいます。光さえあれば、心の闇は消えてなくなるのです。

イエス様は、汚い、臭い、暗い家畜小屋の飼い葉桶の中に生まれてくださったのです。ですから、ボクたちの心がどんなに孤独でも、荒れていても、傷付いていても、神様は優しく心の中に生まれてくださり、光をともしてくださるのです。

◆考えてみよう◆
光の中に生きるのと、闇の中に生きるのと、どっちが魅力的だろう。なぜそう思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、光の中を歩ませてください。暗闇の誘惑に負けることなく、いつも光であるイエス・キリストを心にお迎え出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君の心にも輝いてるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月20日月曜日

ご自分を無にして

おはようございます!

◆今日の聖書◆
キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。(ピリピ2:6-7)

◆どういうこと?◆
もしも今、メッシがボクたちのために、バルセロナをやめて、エスペランサで毎日グランド整備をしながら、人生のすべてをかけてコーチしてくれたら、どう思う?ちょっと想像出来ないし、あり得ないことだよね?でも、神様がボクたちにしてくれたことは、それとは比べ物にならないほどスゴいことなのです。

全世界を造った何でも出来る神様が、ボクたちと同じ人間になって仕えてくださっている。・・・それがクリスマスの日に赤ちゃんとして生まれて来たイエス・キリストの姿です。

イエス・キリストは、神としてのすべての特権を捨て、人となり、仕える者となってくださいました。そして、ボクたちの罪の身代わりとして十字架にかかって死んでくださいました。へりくだって、ご自分を無にして、最も低い所まで降りて来てくださったのです。

この方こそ、ボクたちの救い主なのです。

◆考えてみよう◆
自分は、チームやチームメイトのために、へりくだって自分の立場を犠牲にすることが出来るだろうか。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたは神のあり方を捨てることはできないと考えないで、ボクたちのために人となって仕えてくださいました。どうかボクも、へりくだって自分を変えることが出来るようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

へりくだろう
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月19日日曜日

神にとって不可能はない

◆今日の聖書◆
「神にとって不可能なことは一つもありません。」マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。(ルカ1:37-38)

◆どういうこと?◆
天使はマリヤに告げました。「あなたは男の子を産みます」

それは、マリヤにとってあまりに突然で、そして考えられないことでした。当時、マリヤはヨセフと婚約していましたが、まだ結婚前の処女でした。そのマリヤに子どもが出来たと知ったら、まずヨセフは何と言うでしょう?聖霊によって身ごもったと言って、信じてくれるでしょうか?人々はどう思うでしょう?ひょっとすると、石打ちで殺されてしまうかもしれない時代だったのです。

でもマリヤは、神様の約束を受けた時、「あなたのことばどおりになりますように」と従順にそれを受け入れました。このマリヤの決断があったからこそ、神様の計画通り救い主イエス・キリストがこの世に生まれてくださったのです。

「神にとって不可能なことは一つもありません。」

これってスゴくないですか?神様は、ボクたちにビジョンを与え、実現にまで導いてくださる方なのです。
この素晴らしいことばが実現するためには、ボクたちが神様の前に、マリヤのように従順に従う姿勢をもっている事が大事なのです。

◆考えてみよう◆
君は(親、先生、コーチ)に対して従順だと思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたには不可能なことは一つもありません。どうか従順にしたがって行くことができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。

不可能はない!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月18日土曜日

ひとりのみどり子

おはようございます!今日は1年生の大事な試合です!信じて、集中して戦えば、必ず勝てるよ!!

◆今日の聖書◆
ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。(イザヤ9:6)

◆どういうこと?◆
ボクたちの救い主イエス・キリストは、他の人間と同じ、赤ちゃんの姿で生まれてきました。

もっとも弱く、もっとも無防備で、もっとも頼りない存在。・・・この赤ちゃんこそ、力ある神様の姿だったのです。人間は、見た目や常識でいろいろな事を判断してしまいます。ですから普通は、この赤ちゃんを見て、全世界を治める力ある神だとは、とても思えません。

でも、このような神様だからこそ、人の弱さも痛みも全部知ってくださり、心を満たしてくださるのです。

◆考えてみよう◆
自分には、どんな弱さがあるだろう。その弱さも神様は解決出来ると信じられる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクのために、最も弱い存在になってくださったことを感謝します。あなたにすべてを委ねます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様は全部知っていてくれるよ。
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月17日金曜日

インマヌエル

おはようございます!今日からしばらくの間は、クリスマスに関連した聖書の箇所を送ります。

◆今日の聖書◆
それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を「インマヌエル」と名づける。(イザヤ7:14)

◆どういうこと?◆
クリスマスは、救い主イエス・キリストの誕生をお祝いする時です。

イエスの誕生は、昔から繰り返し預言者たちによって預言されていました。その時代の人々は、救い主の誕生を何百年もの間、待ち望んでいたのです。

神様は、救い主の誕生の時には、ひとつのしるしを与えると言われました。それは、「処女がみごもる」ということでした。もちろん常識では考えられないことですが、それこそがはっきりとしたしるしなのです。その預言の通りイエス・キリストは、処女マリヤの子として誕生しました。そして、預言の通り、彼は「インマヌエル」と呼ばれたのです。

「インマヌエル」とは「神は私たちとともにおられる」という意味です。神様は、ボクたちから遠く離れた神様ではありません。神様は、いつでもボクたちと一緒にいてくださる方なのです。ですから、もう誰ひとりとして寂しい思いをする必要はないのです。

このクリスマス、もし寂しい思いをしている人がいるなら、イエス・キリストがいつでも一緒にいてくれることを思い出してみてください。神様は、いつでも君の味方なんだよ。

◆考えてみよう◆
自分のまわりで、寂しい思いをしている人はいないかな?何か自分に出来ることはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがいつでも一緒にいてくださる事を感謝します。寂しい時も、いつもあなたが一緒にいることを思い出すことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

いつでも一緒だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月16日木曜日

新しい名前、新しい計画

おはようございます!!

◆今日の聖書◆
アブラムは、ひれ伏した。神は彼に告げて仰せられた。「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。」(創世記17:3-5)

◆どういうこと?◆
みんなは自分の名前気に入ってる?名前には、名前をつけてくれた人の願いがたくさん込められています。「名は体を表わす」ということば日本にもあるけど、聖書でも名前はその人自身の性質を表わします。

神様はアブラムに「アブラハム」という新しい名前を与えました。アブラムは、単に「父」という意味でしたが、アブラハムは「多くの国民の父」という意味です。それは、神様が用意された新しい計画でした。

人がつけた名前の場合、人間の努力によってそうなるかも知れないし、そうではないかも知れません。でも、神様ご自身が名前をくださったということは必ずそうなるのです。この世界のすべてを、「ことば」によって造られた神様ご自身が、「あなたの名はアブラハムだ!」と言うのだから、確実です。

神様は、ボクたち一人一人にも、素晴らしい祝福の計画を用意してくださっています。そして、親しみを込めて、ボクたち一人一人を新しい名前で呼んでくださるのです。神様が、自分につけてくださっている本当の名前を探す冒険の旅に、君も出発しませんか?

◆考えてみよう◆
神様は、自分にどんな計画を用意しておられると思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがボクのために用意してくださっている祝福の計画を感謝します。どうか、あなたが私に用意してくださっている新しい名前を知ることができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君の名前は祝福になるよ。
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月15日水曜日

完全になるには

おはようございます!

◆今日の聖書◆
アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現れ、こう仰せられた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」(創世記17:1-2)

◆どういうこと?◆
サッカー選手として、ミスをしないで、正確なプレーが出来るようになれたら最高だよね。でも実際、ミスのない、完ぺきなサッカー選手っているのかな?どんなに最高の選手と言われる人でも、どんなベテランであっても、人間である以上まったくミスをしないという事はあり得ません。みんなも「完ぺきなプレーをしなさい!」と言われても、なかなか出来ないよね?

でも、神様は、もう人生のベテランであるアブラムに向かって、「完全でありなさい!」って命令しているのです。

アブラムはこの時、もう99歳。もしみんなみたいに若ければ、「よし頑張ろう!」って思うかもしれません。でも、もうアブラムは肉体的にも衰えていて、自分の力ではどんなに頑張っても完全にはなれないことが分かっていました。たとえ若かったとしても、自分の力の限界を感じて、無理ですって思うかもしれないよね。

でも、それこそが「完全になる」ためのカギなのです。「自分にはできない!」と思うからこそ、「神様に頼る」ことが出来るのです。

「完全になる」とは、元々のことばの意味では「素直に間違いを認める心」なのだそうです。もし、ボクたちが、素直に自分の力の限界を認め、神様のことばを素直に心に受け入れ、神様にすべてを委ねるなら、神様はボクたちを少しずつ作り替えてくださるのです。

◆考えてみよう◆
自分が悪かったと、素直にそれを認められないのはどんな時だろう?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、失敗や間違いを犯した時、それを素直に認める心を与えてください。そして、謙遜に、完全を目指して頑張れるように、神様の前を歩めますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

もう少し素直になってみよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月14日火曜日

苦しみを聞いてくれる方

おはようございます!

◆今日の聖書◆
また、主の使いは彼女に言った。「あなたの子孫は、わたしが大いにふやすので、数えきれないほどになる。」さらに、主の使いは彼女に言った。「見よ。あなたはみごもっている。男の子を産もうとしている。その子をイシュマエルと名づけなさい。主があなたの苦しみを聞き入れられたから。」(創世記16:10-11)

◆どういうこと?◆
いじめが原因で学校に行けなくなってしまったことのある人はいますか?そこまでではないけど、友達関係がこじれて何となく顔を合わせづらいとか、行きたくないって思った経験は、誰にでもあるかも知れません。

女奴隷のハガルは、いじめられて逃げていましたが、もう一度主人の元に戻って「身を低くするように」と命じられました。誰だって、つらい経験をした場所に戻って行くためには、勇気と励ましが必要です。何か状況が変わらなければ、もう一度がんばろうという気持ちにはなかなかなれません。

そこで神様は、ハガルに生まれてくる子孫についての約束を与えました。「あなたの子孫は、わたしが大いにふやそう。」

ハガルは、大いに励まされました。たとえまわりの状況が変わらなかったとしても、神様の約束のことばをしっかりと受け止める時、その状況を乗り越える力が与えられるのです。変わったのは、まわりの状況ではなく、ハガル自身の心でした。

神様は、あなたのどんな苦しみをも聞いてくださるお方です。そして神様のことばは、ボクたちの心に勇気を与えてくれます。聖書は、そんな神様からの約束のことばです。だから信頼して、神様からのことばを聞き続けましょう。

◆考えてみよう◆
神様は自分の苦しみにも耳を傾けてくれると思う?それとも自分は放って置かれているのかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがどんな心の叫びにも耳を傾けてくださる事を信じます。どうかボクに必要な約束のことばを与え、力を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様はいつでも君の味方だよ。
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月12日日曜日

身を低くする

おはよう!昨日の試合もお疲れさま!一試合一試合、自分たちの糧にしていこうね!

◆今日の聖書◆
主の使いは、荒野の泉のほとり、シュルへの道にある泉のほとりで、彼女を見つけ、「サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来て、どこへ行くのか」と尋ねた。彼女は答えた。「私の女主人サライのところから逃げているところです。」そこで、主の使いは彼女に言った。「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。」(創世記16:7-9)

◆どういうこと?◆
自分の置かれている状況をつらいと思ったことはありますか?出来れば逃げ出してしまいたいと思ったことはありますか?この人から逃げさえすれば、楽になるはずだ・・・。でも、ひょっとしたら、今のつらい状況は、あなたが「身を低くする」ことを学ぶためのものかも知れません。

「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。」(1ペテロ5:6)

もし、今あなたが身を低くするなら、神様は一番いいタイミングであなたを高めてくださいます。

身を低くすることの第1歩は、親や指導者の言うことにきちんと耳を傾け、従うことです。不平不満を言いながらではなく、信じて従うのです。

神様は、たった1人の奴隷の女にも目を留めてくださる方です。そして間違いなく、あなたにも目を留めていてくださいます。神様は、すべての状況を知っていてくださいます。その神様が、まず身を低くして従いなさいと言われるのです。信頼して、従ってみませんか?

◆考えてみよう◆
自分の場合、どうやって身を低くしたらいいかな?誰との関係で身を低くすべきかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、身を低くして謙遜を学ぶことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


低い人が、高くなるんだよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月11日土曜日

不誠実の結果

おはよう!今日は3年、2年とも大事な試合だね。ベストを尽くして頑張ろう!

◆今日の聖書◆
アブラムはサライに言った。「ご覧。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。彼女をあなたの好きなようにしなさい。」それで、サライが彼女をいじめたので、彼女はサライのもとから逃げ去った。(創世記16:6)

◆どういうこと?◆
アブラムは、中途半端な答えをしました。結局、サライはハガルをいじめました。そしてついにハガルは、つらくなって逃げてしまいました。

この問題の原因は、アブラム、サライ、ハガルそれぞれの内にある「不誠実」という「罪」です。誰か一人だけが悪かったのではなく、一人一人に罪があるのです。そして、世の中のすべての悲惨な問題の原因は、人間たちの「罪」にあるのです。

「罪から来る報酬は死です。しかし、神のくださる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ローマ6:23)


罪の解決方法は、イエス・キリストを信じて永遠のいのちを得ることです。イエス・キリストが心の中に住み、みことばの力が心の中に注がれる時、不完全なボクたちをも神様のみこころを行なう人として、造りかえてくださるのです。

◆考えてみよう◆
自分にはどんな罪があるだろう?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクの罪を取り除いてください。そして、神様のみこころを行なわせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


解決できるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月10日金曜日

自己チューはやめて

おはようございます!

◆今日の聖書◆
彼はハガルのところに入った。そして彼女はみごもった。彼女は自分がみごもったのを知って、自分の女主人を見下げるようになった。そこでサライはアブラムに言った。「私に対するこの横柄さは、あなたのせいです。私自身が私の女奴隷をあなたのふところに与えたのですが、彼女は自分がみごもっているのを見て、私を見下げるようになりました。主が、私とあなたの間をおさばきになりますように。」(創世記16:4-5)

◆どういうこと?◆
ハガルは妊娠したことが分かると、自分の女主人であるサライを見下すようになりました。子どもが出来ないサライよりも、自分のほうが価値があると思って誇ったのでしょう。サライは、ハガルが横柄になったのは、夫であるアブラムのせいだと言って、アブラムを非難しました。

このふたりに共通するのは何でしょう?・・・それは「自己チュー」な態度です。

実は、本当の自分の姿が試されるのは、こういった突然の状況の変化の時なのです。「普段はいい顔をしているけど、本当はこういう奴なんだ・・・。」「結局こいつは自分のことしか考えていないんだ・・・。」落ち着いて考えられる時でなくて、緊急の状況でどんな反応をするかが問われてくるのです。

「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた物だと思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。」(ピリピ2:3-5)

イエス・キリストは、ボクたちの罪の身代わりとして、十字架にかかって死んでくださいました。それは、自己中心とは正反対の「相手のために与え尽くす愛」です。

このイエス・キリストの十字架の愛の大きさを知れば知るほど、ボクたちにも「与え尽くす愛」が増し加えられるのです。

◆考えてみよう◆
どんな人のことを「自己チュー」だと思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、自己のことばかりではなく、イエス様のように、他の人のことも考えて行動出来るようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


自己チューは卒業!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月9日木曜日

信じ続ける

おはようございます!2、3年生のバーベキューおいしかったね。今後もたくさん優勝して、たくさんバーベキュー食べれるようにしよう!!

◆今日の聖書◆
アブラムの妻サライは、彼に子どもを産まなかった。彼女にはエジプト人の女奴隷がいて、その名をハガルといった。サライはアブラムに言った。「ご存知のように、主は私が子どもを産めないようにしておられます。どうぞ、私の女奴隷のところにお入りください。たぶん彼女によって、私は子どもの母になれるでしょう。」アブラムはサライの言うことを聞き入れた。(創世記16:1-2)

◆どういうこと?◆
アブラムがこの場所にやってきてからもう10年が経ちました。神様の約束を信じているのに、相変わらず自分には子どもがない・・・。

そんな時、妻のサライが言うのです。「問題は私にあるのです。だから、あなたは女奴隷ハガルによって子どもをつくったらどう?それでも、神様の約束どおり、あなた自身の子どもであることには変わりがないでしょ。」

アブラムも、きっと疲れていたのでしょう。彼は、神様の声ではなく、サライの言うことに従いました。そうだ、それでも自分の子どもなのだからと自分を納得させながら・・・。そして、結局最後まで神様に信頼し続けることができなくなってしまったのです。

ボクたちも、弱っている時や疲れている時は、信仰がためされます。早くこの状況から抜け出したいと考えるあまり、無理矢理に何かを実現しようとして、安易な方法に手を出してしまいがちです。信じ続けるというのは、とても難しいことです。

でも、神様は必ず時を定め、約束を実現してくださる方なのです。だからこそ、最後まで忍耐をもって神様に期待して行くことが必要なのです。

◆考えてみよう◆
なぜアブラムは、神様ではなくサライの声に従ったんだろう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、最後まであなたを信じ続けることができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

最後まで信頼し続けよう。
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月8日水曜日

義と認められる

おはようございます!

◆今日の聖書◆
すると、主のことばが彼に臨み、こう仰せられた。「その者があなたの跡を継いではならない。ただ、あなた自身から生まれ出て来る者が、あなたの跡を継がなければならない。」そして、彼を外に連れ出して仰せられた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」彼は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。(創世記15:4-6)

◆どういうこと?◆
満天の星空って、見たことある?チャプレンは新婚旅行で行った小さな南の島で、あり得ない程キレイな星空を見て圧倒されたことがあります♪本当に手を伸ばせば届きそうな感じ。きっとアブラムが見た星空は、もっと素敵だったのでしょう。もちろん、星の数なんて数えられるはずがありません!でも、神様が見せてくれた星空は、アブラムの心を慰めました。そして、その星空をも超える祝福を神様は約束してくださっているという事実にアブラムは感動しました。

「私の信じている神様は、この偉大な天の星空さえも造った方なんだ!この方の約束に間違いなどあるはずがない。」

アブラムは、神様を信じました。神様は、それをアブラムの「義」と認められました。「義」とは「正しい」という意味です。ボクたちは、誰ひとり自分の行ないによって「正しい」と認められる人はいません。でも、神様のことばを素直に受け入れて「信じる」時、ボクたちは「正しい」と認められるのです。

神様を信じる人は、何かを恐れてコソコソする必要などありません。だからこそ、神様を信じる人は強い心を持っているのです。

今日、素直な心で、神様の約束を信じてみませんか?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、今日、素直な心であなたを信じます。どうか、約束の通り私を義としてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン。」

素直さは力です!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月7日火曜日

忍耐の訓練

おはようございます!!

◆今日の聖書◆
そこでアブラムは申し上げた。「神、主よ。私に何をお与えになるのですか。私には子がありません。私の家の相続人は、あのダマスコのエリエゼルになるのでしょうか。」さらに、アブラムは、「ご覧下さい。あなたが子孫を下さらないので、私の家の奴隷が、私の跡取りになるでしょう」と申し上げた。(創世記15:2-3)

◆どういうこと?◆
神様からの約束が再び与えられた時、アブラムの心は揺れ動きました。神様のことばが信じられなかったからではありません。神様の約束は必ず実現すると信じれば信じるほど、自分に子どもがいないという現実をどう理解すれば良いのか分からなくなったのです。そこで、あれこれと考えたあげく、神様の前に先走った提案をしてしまったのです。

神様は、ボクたちへの約束をすぐに叶えてくれるとは限りません。なぜでしょうか?

「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル10:36)

・・・そうです。神様がすぐに答えてくださらないのは、ボクたちに「忍耐」を身につけさせるためなのです。「忍耐」とは何でしょう?忍耐とは、ただ我慢することではなく「信じて待つこと」です。

「その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全なものとなります。」(ヤコブ1:4)

なかなかすぐに思いどおりにならない時は、神様が君を完全なものとするための忍耐の訓練をしているのかもしれませんよ!

◆考えてみよう◆
最近忍耐したこととか、今も忍耐していることってある?それは、自分の成長に役に立ってる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、忍耐を完全に働かせて、完全なものとなることが出来るように力を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

忍耐は訓練できるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月6日月曜日

心の強い人

おはようございます!栄カップJ2全勝優勝おめでとう!!文句なしの勝利だね。これからも、一つでも多く勝利することが出来るように頑張っていこう!

◆今日の聖書◆
「これらの出来事の後、主のことばが幻のうちにアブラムに臨み、こう仰せられた。「アブラムよ。恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは大きい。」(創世記15:1)

◆どういうこと?◆
世の中には「間違ったメッセージ」があふれています。「お前はダメだ」「やっても無駄だ」「お前が生きている意味なんてない」「バレなけりゃ何したっていい」・・・。そういうメッセージは、ボクたちを不安定にさせます。何か一つでもうまくいかなかったり、人と自分を比べてみたり、ほんのちょっとしたきっかけで、ボクたちにはそういうメッセージが聞こえてくるのです。そして、その事で頭がいっぱいになると、もう何も見えなくなってしまい、何も手に着かなくなってしまうことがあります。

逆に、心の中をいつも安定した状態に保てる人は、どんな時にでも力を発揮出来ます。「心の強い人」というのは、そういう人の事を言うのです。

心を安定した状態に保つ秘訣は何でしょう?それは、「間違ったメッセージ」に耳を貸すのではなく、「正しいメッセージ」を聞き続けることです。「正しいメッセージ」とは、ボクたちを造った神様のことば、つまり聖書のことばを聞き続けることです。

神様はアブラムに、「恐れるな。わたしはいつでもあなたの味方だ!」と声をかけてくれました。それがアブラムの力になりました。

不安に感じる時、孤独を感じる時、どんな時でも、まず神様の声に耳を傾けてみましょう。神様は、いつでもボクたちに励ましのことばをかけ続けてくれるのです。

◆考えてみよう◆
心配事で頭が一杯になって、何も手に着かなくなってしまったことってある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、この心を守ってください。いつでも正しいメッセージを聞いて、安定した強い心を保つことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様は君の味方だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月5日日曜日

信念に従って

おはようございます!昨日は一年生は悔しい結果だったみたいだね。でも、これも必ず今後もっと強くなるための材料としていこう!今日の試合も最後まで、全力で戦おうね!

◆今日の聖書◆
ソドムの王はアブラムに言った。「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」しかし、アブラムはソドムの王に言った。「私は天と地を造られた方、いと高き神、主に誓う。糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。それは、あなたが、『アブラムを富ませたのは私だ』と言わないためだ。」(創世記14:21-23)

◆どういうこと?◆
大勝利を収めたアブラムの元にやって来たもう1人の人は、ソドムの王です。ソドムは、アブラムのおいロトが住んでいた所です。

ソドムの王は、アブラムに一つの提案をします。「人々は私に返してください。その代わり財産はあなたがすべて取ってください!」・・・なんて魅力的な提案でしょう!?アブラムはどれほど喜んだことでしょう・・・。

しかし、何とアブラムはこの提案に対して逆ギレしたのです。「私がこの戦いに勝利できたのは、ただ神様のおかげなのだ。私を富ませてくれるのも神様だけだ。お前ごときに、私を富ませたとは言わせない!」

アブラムは、なぜソドムの王にキレたのでしょう?それは、ソドムの王が、この戦いの背後にいる神様の存在を全く無視していたからです。彼は、せめて人だけは取り返そうという、人間的な下心が見え見えでした。

アブラムは目先の利益にだまされませんでした。そして、アブラムは神様を忘れませんでした。アブラムには、健全なプライドがありました。

財産に目がくらんで、大切なものを見失ってはならないようにしましょう。

◆考えてみよう◆
君にとって、財産よりも大切にすべき信念はある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな時でも財産に目をくらまされて、自分が大切にしているものを見失うことがないようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君もその信念を選び取れるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月4日土曜日

神様のおかげ

おはようございます!今日から、1年生と2年生の栄カップです。特に今日の相手は絶対に負けられない相手だね。信じて、自信を持って戦えば、必ず勝てます。頑張ろう!

◆今日の聖書◆
さて、シャレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒を持って来た。彼はいと高き神の祭司であった。彼はアブラムを祝福して言った。「祝福を受けよ。アブラム。天と地を造られた方。いと高き神より。あなたの手に、あなたの敵を渡された、いと高き神に、誉れあれ。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。(創世記14:18-20)

◆どういうこと?◆
アブラムが大勝利を収めると、まず1人の人がやってきました。王であり、祭司(神様と人との間で仕える人)であるメルキゼデクです。

彼は、アブラムに神様からの祝福を与えるためにやってきました。けれど、彼は、アブラムに「よくやった!」とか「君のおかげで勝利できた」とは言いませんでした。その代わりに「あなたに勝利を与えたのは、いと高き神様です!」と宣言したのです。「え?実際に戦ったのはオレたちなんですけど!?」

ボクたちはみんな、自分の活躍をほめてもらいたいと思っています。確かに、ほめてもらうことで人はもっと成長します。逆に自分の手柄がきちんと評価されないと、不平や不満が出るものです。しかし、本当に謙遜な人は、どんなことでも「自分の力だけ」で勝ったのではないという事を知っているので、人からの評価を必要以上に気にしません。

アブラムは、もちろん頑張りましたが、本当に勝利を与えてくれたのは神様であることをよく知っていました。だからこそ感謝して、神様に仕える祭司であるメルキゼデクに財産の10分の1をささげたのです。

◆考えてみよう◆
1. 「今日はオレの活躍で勝った!」というような時、「これは神様が与えてくれた勝利だ!」と素直に感謝できる?

2. 自分に与えられている財産(お小遣い)の中から、10分の1を神様にささげたら、君の人生はどう変わると思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたは勝利を与えてくださる方です。これからも、あなたの祝福で包んでください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

勝利と祝福がありますように!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月3日金曜日

勝利の秘訣

おはようございます!

◆今日の聖書◆
アブラムは自分の親類の者がとりこになったことを聞き、彼の家で生まれたしもべども三百十八人を召集して、ダンまで追跡した。夜になって、彼と奴隷たちは、彼らに向かって展開し、彼らを打ち破り、ダマスコの北にあるホバまで彼らを追跡した。そして、彼はすべての財産を取り戻し、また親類の者ロトとその財産、それにまた、女たちや人々をも取り戻した。(創世記14:14-16)

◆どういうこと?◆
アブラムは、ロトが捕虜になったと聞いて、急いで兵士を集めて助けに行きました。その数たったの318人!相手は4つの王国の連合軍だったので、常識的には、全く勝ち目がありませんでした。

しかし、アブラムの兵士たちは、大勝利を収めたのです!そればかりか、ロトが失った財産まで取り戻しました。すごいですね!!

アブラムは、なぜ勝利することが出来たのでしょうか?

「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」(歴代誌第二16:9)

アブラムは「神様と心が一つになっていた」ので、神様から特別な力が与えられたのです。アブラムは神様に礼拝をささげ、へりくだっていました。兵士たちは、強い気持ちをもって訓練を受けていました。チームには一致があり、よい雰囲気がありました。

エスペランサには、神様がともにいてくださいます。それこそが、「エスペランサのちから」の秘密です。

その力を引き出すカギは、ボクたちの姿勢です。君は、神様と心が一つになっていますか?

◆考えてみよう◆
神様と心を一つにするために、自分が取り組まなければならないのはどんなことだろう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたと同じ心を持つことができますように。サッカーでも人生でも、神様からの特別な力によって、常に勝利を得ることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

それがエスペランサのちからです!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月2日木曜日

本当に頼りになるもの

おはよう!今日は、アブラムのおいのロトに焦点を当ててみます。

◆今日の聖書◆
シディムの谷には多くの瀝青(れきせい;アスファルトのこと)の穴が散在していたので、ソドムの王とゴモラの王は逃げたとき、その穴に落ち込み、残りの者たちは山のほうに逃げた。そこで、彼らはソドムとゴモラの全財産と食料全部を奪って行った。彼らはまた、アブラムのおいのロトとその財産をも奪い去った。ロトはソドムに住んでいた。(創世記14:10-12)

◆どういうこと?◆
ロトは、ソドムという、言わば高級住宅地のような所に住んでいました。これから、きっと楽しい生活をおくれるんだろうなっ♪そんな期待に胸をふくらませながら、ロトの新しい生活は始まりました・・・と思ったのもほんの一瞬。彼は、その地域の戦争に巻き込まれてしまい、王は倒れ、国は破れ、すべての財産を失ってしまったのです。

ロトが頼りにしていたものは、一体なんだったんでしょうか。・・・持ちきれない程の財産、高級住宅地。それらのものは、いざとなったら、何の役にも立ちませんでした。

「財産は激しい怒りの日には役に立たない。しかし正義は人を死から救い出す。」(箴言11:4)

ロトは、目先の利益のことばかり考え、目に見えるものだけに価値を置いていました。しかし、目に見えるものは、一時的なものです。本当に大事なものは、目に見えないことが多いのです。

さて、君は何を大事にしていますか?

◆考えてみよう◆
自分にとって何が一番大事?どんなことを大切にしていきたい?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、目先の利益ではなく、本当に大事なものを見抜く力を与えて、それらにより頼むことができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

今日一日も大切に生きよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年12月1日水曜日

行動に移す

おはようございます!!

◆今日の聖書◆
「立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」そこで、アブラムは天幕を移して、ヘブロンにあるマムレの樫(かし)の木のそばに来て住んだ。そして、そこに主のための祭壇を築いた。(創世記13:18)

◆どういうこと?◆
「はい、分かりました!」と、元気よくコーチに返事をした二人のサッカー少年。

一人は、コーチに言われた通りのことを実際にやってみました。でも、もう一人の子は、言われたことはちゃんと分かっていたのに、面倒くさかったので、その後何もしませんでした。どっちが、コーチにほめられたでしょうか?

・・・簡単ですよね?

多くの人が、口では「分かった」とか「信じる」と言いながら、その通り行動していません。でも、どんなに頭で理解しても、どんなに感動したとしても、どんなによい返事をしてみても、実際にボクたちが行動を起こさなければ、全く意味がないのです。

神様はアブラムに、信じた証拠に、実際にその場所を歩くという「行動」を求めました。そして、その通り従いました。

あなたはどうですか?

◆考えてみよう◆
今、実際に行動に移すべきだと感じていることは何かあるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、何かを理解したとき、感動したとき、決心したとき、実際に行動に移すことができるように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

やるしかない!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月30日火曜日

信仰の目

おはよう!U-13リーグの結果が更新されてます。どうやら、Bチームの昇格は間違いないようですね!!おめでとう!

◆今日の聖書◆
ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが目渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。」(創世記13:14-16)

◆どういうこと?◆
君は将来サッカー選手になりたい?って聞くと、エスペランサでは、ほぼ100%「なりたいです!」と答えると思います。でも、ちょっとした挫折や、失敗、劣等感が積み重なると、だんだん自信がなくなって、あんなに熱かった夢を、あきらめたくなった事もあるかも知れません。

ボクたちは、なりたい自分になろうとする時、絶対に失ってはいけないものがあります。それは「ビジョン」です。「ビジョン」とは、将来を見ることです。まだ、それが実現していないうちから、それを思い描いて見るのです。それこそが「信仰」と呼ばれるものの正体です。

神様は、がっかりして肩を落としていたアブラムに、もう一度約束を与えてくれました。「さあ、目を上げて見てごらん!わたしは、この場所を永久にあなたに与えよう。そして、あなたの子孫を数えられないほどに増やしてみせるよ!」

アブラムは、言われた通り目を上げてこの地を見渡しました。すると、何も変わらないはずのその土地が、今度は輝いて見えるのです!なぜでしょう?アブラムに「信仰の目」が与えられたからです。今まで見えなかった、将来の素晴らしい姿が見えるようになったのです。

疲れた時、落ち込んだ時、神様は励ましてくれます。「さあ、君も目を上げて見てごらんなさい!」目を閉じて、信仰の目で将来の自分をしっかりと見てください。そこにはきっと、君の輝かしい将来が映し出されているはずです!!

◆考えてみよう◆
1. 夢をあきらめたくなった事ってある?それはどんな時?

2. どうしたらもう一度その思いを熱く燃やすことが出来るだろう?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、信仰の目を与えてください。いつでも強い心をもって、神様の約束を待ち望むことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君の将来は輝いているよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月29日月曜日

悩みを乗り越える

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、・・・その地は・・・、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東のほうに移動した。こうして彼らは互いに別れた。アブラムはカナンの地に住んだが、ロトは低地の町々に住んで、ソドムの近くまで天幕を張った。(創世記13:10-12)

◆どういうこと?◆
目の前には、よく潤っていて多くの実りがありそうな良い土地。ロトは、真っ先にこの一番いい場所をゲットしました。

アブラムは、ひょっとしたら、ロトが「おじさんこそ、先に選んでください」と言ってくれることを少しは期待していたのかも知れません。でも、そんな期待はもろくも崩れてしまいました。アブラムは、がっかりしました。自分は神様に祈り、正しいと信じて決断したことだったのに、やっぱり結果はこれか・・・。なぜなんだ・・・!?

ボクたちも、正しく行なったのに、結果がついてこないことがあります。なんでこんな風になってしまったのか、自分でも訳が分からないような状況に追いつめられてしまうこともあります。祈ってもすぐに良い結果が出ないと、すべて意味がないんじゃないかと思ったりします。

でも、そこで落ち込んで終わりではいけません。聖書はこう言っているのです。

「正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救い出される。」(詩篇34:19)

すぐにうまくいかなくても、神様を信頼し続けましょう。神様は、君を必ず助け出すと約束してくださっているのです!

◆考えてみよう◆
正しく頑張ったのに、良い結果が出なくて悩んでいることってある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、悩みの中でも、あなたを信頼し続けることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様は必ず救い出してくれるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月28日日曜日

祈って決断する

おはようございます!昨日の3年生の試合は完勝だったみたいだね。おめでとう!直前の時間変更とか、難しい状況にも動じないで戦えたのも良かったと思います。

◆今日の聖書◆
そのうえ、アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちとの間に、争いが起こった。・・・そこで、アブラムはロトに言った。「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」(創世記13:7-9)

◆どういうこと?◆
目の前にケーキが2種類置いてあります。1つは大きくて、しかも見るからにうまそうなケーキ。もう一つは、ちいさくでショボいケーキ。君は、友達とそのケーキをわけ合わなければなりません。さて、君ならどうやって分ける?

アブラムは、ロトとの間に争いが起こった時、ロトに驚くべき提案をしました。

「あなたが、まず先に好きな方を選びなさい。私は残った方で構わないから。」

これは、ボクたちの常識では考えられないことです!もしこれが、本当にどっちのケーキを食べるかという問題であれば、遠慮して相手に譲るという人もいるかも知れません。でも、アブラムにとっては、これからの一生を左右するような決定的な決断だったのです。家畜全部を養えるか、生活が出来るのか、約束どおり神様の祝福を受けられるかどうかという分かれ目だったからです。

アブラムは、おいのロトに対しては、絶対的な権威がありました。それなのに、なぜアブラムは、一見損に見える決断をしたのでしょうか。それは、神様から与えられた知恵だったのです。彼はこの決断の前に祈っていました。祈りは、ボクたちの決断に心の確信を与えてくれます。そして神様に祈る時、ボクたちは時々、常識を超えた知恵が与えられることがあるのです。

アブラムは、実際この先どうなるかは、分かりませんでした。でも祈りの中で、ただ神に信頼して決断したのです。

◆考えてみよう◆
何かを決断するとき、祈って決めたことってある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、何かを決断するとき、祈って決めることができますように。祈って決めたなら、あとは神様に信頼して自信をもって出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

祈り、決断、信頼、Go!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月27日土曜日

モノに囲まれたとき

おはよう!チャプレンはとうとう熱を出して風邪を引いてしまいました(>_<;)みんなもこの季節気をつけてね!さあ、今日は3年生の試合だね。残された一試合一試合、大切に戦おう!

◆今日の聖書◆
アブラムは家畜と銀と金とに非常に富んでいた。・・・アブラムといっしょに行ったロトもまた、羊の群れや牛の群れ、天幕を所有していた。その地は彼らがいっしょに住むのに十分ではなかった。彼らの持ち物が多すぎたので、彼らがいっしょに住むことができなかったのである。(創世記13:2,5,6)

◆どういうこと?◆
ボクたちは、多くのモノに囲まれて生きています。人よりもいいモノを持ってると優越感を感じたり、たくさん持ってるとそれだけで安心という人もいるかもしれません。でも、覚えておいて欲しいのは、最終的には、財産やモノが人を幸せにするのではないということです。

アブラムはこの旅の道中、財産のすべてを持って歩いていました。そしてそれがあまりにも多すぎたので、家族が一緒に住むことが出来ないほどになってしまっていました。もちろん、多くの財産を得ることはすばらしい事です!でも、逆にその財産が自分の足を引っ張って、自由がなくなるということもあるのです。

イエス・キリストは、「受けるよりも与えるほうが幸いである」と言われました。(使徒の働き20:35)

多くのものを所有するのは恵みです。でも、それらを人々のために与えて行く生活の方が、もっと恵みなのです。そういう心を持った人こそ、財産のあるなしに関わらず、本当に豊かな人なのです。

◆考えてみよう◆
受けるよりも、与えるほうが幸いだと思える?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、受けるよりも与える幸いを知っていくことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

自分から与えはじめてみよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月26日金曜日

心を通わせる

おはようございます。

◆今日の聖書◆
それで、アブラムは、エジプトを出て、ネゲブに上った。彼と、妻のサライと、すべての所有物と、ロトもいっしょであった。・・・彼はネゲブから旅を続けて、ベテルまで、すなわち、ベテルとアイの間で、初めに天幕を張った所まで来た。そこは彼が以前に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。(創世記13:1,3,4)

◆どういうこと?◆
中学生ぐらいだと、最近家族との会話がだんだん少なくなってしまった、という人もいるかも知れないね。その理由が何であれ、会話が少なくなると、お互いの心が少しずつすれ違い、何となくギクシャクしてきます。でも、みんなには少し照れくさいかもしれないけど、やっぱり家族との心が通いあう会話って、いいものです。

「祈り」というのは、神様との会話です。「祈り」とは、神様と心を通わせることです。祈るとは、単なる願い事ではありません。感謝したり、嬉しかったことを話したり、悲しかったときにそれを打ち明けたり、どんな事でも神様に向って話しかけることが出来るのです。

アブラムは、しばらく「祈り」をおこたっていました。だから、何となく神様から遠く離れているような感じがしました。でも、以前に礼拝をささげた記念の場所に戻ってきた時、彼は我に帰ったのです。そして、自分が「祈り」を忘れていたことを思い起こし、もう一度神様に心を込めてお祈りをしました。

神様は、いつでもボクたちの話を聞く準備が出来ています。どんな時でも、語りかける事が出来ます。ほんの少しだけでも、そうやって神様に心を向けることで、ボクたちの心は、不思議と落ち着いて、力が湧いて来るのです。

◆考えてみよう◆
毎日少しずつでも祈るとしたら、一日の内のどこで時間をとる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも祈ることが出来るように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

祈りは力です!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月25日木曜日

正しい影響力

おはようございまーす!

◆今日の聖書◆
そこでパロはアブラムを呼び寄せて言った。「あなたはいったい何ということをしたのか。なぜ彼女があなたの妻であることを、告げなかったのか。なぜ彼女があなたの妹だと言ったのか。だから、私は彼女を私の妻として召し入れていた。しかし、さあ今、あなたの妻を連れて行きなさい。」(創世記12:18-19)

◆どういうこと?◆
アブラムは結局追い出されることになりました。

はじめ、アブラムは自分の身を守ることしか考えていませんでした。でもその結果、エジプトの王であるパロに罪を犯させ、国全体に災いをもたらす結果となってしまったのです。

イエス・キリストはこの様に言っています。
「あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。」(マタイ5:13)

塩は、味付けをしたり、腐るのを防いだりするのに使います。同じように、ボクたちは本来、この世が間違った方向に行かないように、正しい価値観で影響を与えていく存在なのです。ウソをついて誤摩化したり、自己中心になって周りのことを考えないのは、この世界の間違った価値観です。ボクたちが、そのようなものに染まってしまっては、本来の役割を果たすことが出来ません。

誰に対してでも、塩けをつけることが出来る生き方を目指しましょう。

◆考えてみよう◆
1. 自分が「地の塩」として人々に影響力を与えられていることはあるかな?

2. どうすれば、友達に良い影響を与えられるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、正しい価値観で生きることが出来ますように。そして、世界に、友達に、良い影響を与えて行くことができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君も「地の塩」なんだよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月24日水曜日

バレなきゃいいの?

おはようございます!

◆今日の聖書◆
アブラムがエジプトに入って行くと、エジプト人は、その女が非常に美しいのを見た。パロの高官たちが彼女を見て、パロに彼女を推賞したので、彼女はパロの宮廷に召し入れられた。パロは彼女のために、アブラムによくしてやり、それでアブラムは羊の群れ、ろば、それに男女の奴隷、雌ろば、らくだを所有するようになった。しかし、主はアブラムの妻サライのことで、パロと、その家をひどい災害で痛めつけた。(創世記12:14-17)

◆どういうこと?◆
サッカーで、中学3年生が2年生の試合に出れば有利だよね。みんなは、年齢をウソついて下の学年の試合に出ても、バレなければいいと思う?・・・そんなことはないよね?たとえ人の目を誤摩化すことができたとしても、神様の目を誤摩化すことは出来ないのです。

アブラムの予想どおり、エジプトに入るとサライの美しさのゆえに、アブラムはもてはやされました。一見、アブラムが自分の妻のことを妹だと偽ったのが成功したように見えます。でも、それは長続きしませんでした。アブラムはひどい災害で痛めつけられました。神様は、アブラムの不正直さや、人々に対する恐れ、そして何よりも神様を信頼しなかったことを、そのままにしておくわけにはいかなかったのです。

もちろん、ルールに基づいた「ずるがしこさ」は必要です。ゲームが成立するためには、頭を使った、かけひきも必要だからです。

でも世の中には、ルールを無視して、目先の利益だけを求めて、ずるをして得をしようと考える人もいます。ひょっとしたら、ほんの少しだけ楽しい気分を味わうことが出来るかもしれません。でも、結局最後には、正しく行なった人が勝利するのです。

◆考えてみよう◆
1. 目先の利益だけを求めて、ずるをして得をするって、例えばどんな事があるかな?

2. 正しいことをするのと、ずるいことをするの、どっちが得だと思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ずるではなく、ただしく行なって勝利を得ることができるように守ってください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

正々堂々、戦おう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月23日火曜日

ウソで誤摩化さない

おはようございます!!

◆今日の聖書◆
彼はエジプトに近づき、そこに入ろうとするとき、妻のサライに言った。「聞いておくれ。あなたが見目麗しい女だということを私は知っている。エジプト人は、あなたを見るようになると、この女は彼の妻だと言って、私を殺すが、あなたは生かしておくだろう。どうか、私の妹だと言ってくれ。そうすれば、あなたのおかげで私にも良くしてくれ、あなたのおかげで私は生きのびるだろう。」(創世記12:11-13)

◆どういうこと?◆
バレたらやばい!・・・そう考えて、とっさに思いついたウソ。一度ウソをつくと、ずーっとそのウソを続けなくちゃいけなくて、かえって苦しい目にあうものです。いつかはバレるんじゃないかってドキドキして、ちょっとしたことで逆ギレしてみたり、ウソにウソを塗り重ねて、どんどん自由じゃなくなってしまうことがります。

アブラムは、妻のサライがあまりにも美しかったので、エジプトに行ったら自分がボコボコにされて奥さんを奪われると思いました。それで、奥さんに「アブラムの妹」だと言わせたのです。自分の身を守ることだけを考えて、ウソをついて誤摩化そうとしたのです。

アブラムには、バカらしい考えしか生まれてきませんでした。ウソをついて誤摩化そうとしました。自己中心でした。

ボクたちも、もし祈りを軽んじるなら、アブラムと同じように人間的な決断しか出来なくなります。何かを決断する時には、必ず心を落ち着けて祈ってからするようにしましょう。神様は、必ず助けてくれます。

◆考えててみよう◆
1. ウソをついたことはある?その時は、なんでウソをついたの?

2. 今、何か決断しなくてはならないことはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも祈って行動することができますように。自己中心で自分しか考えないのではなく、神様や周りの人のことを考えて、ひとつひとつの計算をしていくことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

祈って賢く選択しよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月22日月曜日

継続は力

おはようございます!1年Bチーム、リーグ優勝おめでとう!昇格出来るかどうかは、まだ他のチームの結果待ちだけど、とにかくやれることはやったね。お疲れさま。これからもがんばろう!

◆今日の聖書◆
それから、アブラムはなおも進んで、ネゲブのほうへと旅を続けた。さて、この地にはききんがあったので、アブラムはエジプトのほうにしばらく滞在するために、下って行った。この地のききんは激しかったからである。(創世記12:9-10)

◆どういうこと?◆
日記を毎日つけようと思って、すぐに挫折してしまったことってない?毎日勉強しようと決意したのに、いつのまにか勉強しなくなっていたことはない?毎日体力トレーニングをしようと思ったのに、やめちゃったことは?

ボクたちはどんなに強く決意しても、それを毎日続けて行くのは結構難しいことです。特に、すぐに何か目に見える形の成果がでないことを地味に続けて行くのには、相当な精神力が必要です。

アブラムは、いつも神様に礼拝をささげ、祈りをささげていました。でも、ネゲブの地に来た時は、何と神様に祈ることを忘れてしまったのです。ききんがあった時も、まったく神様に助けを求めることなしに、人間的な思いで行動してしまいました。その結果、彼は大きな失敗を犯してしまいます。

神様に祈ることを、忠実に毎日続けるのはなかなか難しいことです。でも、だからこそチャレンジしてみましょう。継続は力です。そうすれば、神様は突然の苦難の時でも、必ず助けてくれるのです。

◆考えてみよう◆
一度は決意したのに、三日坊主になってしまっていることはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、毎日祈ることが出来ますように。やるべきことを継続していくことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


続けていれば、必ず道は開けます!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月21日日曜日

いつでもどこでも

おはようございます!昨日は1年も2年も壮絶な試合、ふんばったね。おめでとう!さあ、今日は1年Bがリーグ優勝を賭けて戦います。みんながんばれ!!

◆今日の聖書◆
彼はそこからベテルの東にある山のほうに移動して天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は主のため、そこに祭壇を築き、主の御名によって祈った。(創世記12:8)

◆どういうこと?◆
神様からの約束を受けたアブラムはさらに旅を続け、行く先々ではいつも、神様に礼拝をささげました。こうして、神様に祈ることを身につけていったのです。

ボクたちの生きる目的の一つは「神様に礼拝をささげること」です。礼拝というのは、ボクたちを造ってくれた神様に自分自身をささげることです。もちろん、日曜日に教会で行なわれている「礼拝」はとても大事なことですが、もっと大事なのは、ボクたちの毎日の生活そのものが神様への礼拝になっていくことです。

後にイエス・キリストはこのように言っています。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。・・・しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。」(ヨハネの福音書4:21,23)

エスペランサでは金曜日にチャプレンからメッセージがあり、いつもオルテガさんから大切な話がされています。でも、どんなに「はい、分かりました!」とその場で返事をしても、ボクたちの行動が変えられていかなければ意味がないのです。

まず、心や考え方が変わらなければ、ボクたちの行動は決して変わりません。ですから、分かったことを実行出来るように、神様に祈る習慣を身につけましょう。ボクたちが祈る時、神様は必ず助けてくれます。

そうやって毎日、誠実に取り組んでいくならば、ボクたちの生活そのものが礼拝になっていくのです。

◆考えてみよう◆
1. 話を聞いただけで、まだ実行していないことってないかな?

2. どうしたら実行出来るようになると思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでもどこでも、あなたに祈る習慣を身につけさせてください。そして、あなたの喜ぶ生活をして、あなたを礼拝することができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

この瞬間も、大切にね!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月20日土曜日

何一つ忘れない

おはようございます!今日も大切な試合だね。100%の力を出し切って、勝利を目指して頑張ろう!

◆今日の聖書◆
アブラムはその地を通って行き、シェケムの場、モレの樫の木のところまで来た。当時、その地にはカナン人がいた。そのころ、主がアブラムに現れ、そして「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える」と仰せられた。アブラムは自分に現れてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。(創世記12:6-7)

◆どういうこと?◆
みんな、何か欲しくてたまらない物ってある?それを、親がクリスマスに買ってくれるって約束してくれたら、もうそれだけで嬉しくて心がワクワクするよね。きっと親には「必ず守ってね!」と念を押しつつも、まだそれを手にしていないうちから、感謝して過ごすんじゃないかと思います。

神様は、アブラムに「この地を与える」と約束されました。それを聞いたアブラムは、きっと飛び上がるほど嬉しかったことでしょう。だって、それまで神様の声に従って歩んでは来たけれど、一体自分はどうなってしまうのか、具体的な事が全然見えていなかったのだから。

アブラムは、そこで祭壇を築きました。つまり、神様への感謝の礼拝をささげたのです。

「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103:2)

神様から与えられた祝福は、何一つ忘れてはなりません。たとえ、ひとことだけであっても感謝の祈りをささげるようにしましょう。そして、できればいつ何を祈ったのか、記録しておくことをおススメします。後になって、そのような祈りの記録を振り返ってみると、人生の節目において、神様がどのように自分を導いてくださっているのかを知る、大切な財産になるのです。

まず神に感謝することです。そこからすべてが変わります。

◆考えてみよう◆
神に感謝するって、実際どうしたらいいんだろう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、人生の一歩一歩を、いつも導いてくださってありがとうございます。これからも、あなたが良くして下さった事を何一つ忘れずに過ごせますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

忘れないでね!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月19日金曜日

いさぎよく決心する

おはよう!

◆今日の聖書◆
アブラムは妻のサライと、おいのロトと、彼らが得たすべての財産と、ハランで加えられた人々を伴い、カナンの地に行こうとして出発した。こうして彼らはカナンの地に入った。(創世記12:5)

◆どういうこと?◆
ボクたちが何か新しい事をしようとする時、時にはいさぎよく古いものを捨て去る必要があります。

イエス・キリストはこのように言っています。「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」(マタイの福音書6:24)

アブラムは、神のことばを聞いて、すぐに新しい地へと歩み出しました。それは、神様を主人として信頼している素晴らしい証拠です。しかし、彼は同時に財産を手放す事が出来ず、すべての財産を旅に持って行きました。それは、彼が最終的に主人としているのが「富」であるということです。そして、後にこの財産がトラブルの原因となってしまうのです。

神様に従うという時、ボクたちは姿勢をはっきりさせる必要があります。ボクたちの主人は誰なのか。ボクたちは神様に従うのか、富に仕えるのか。

もし、神様に従う道を選択し、心に固く決心するなら、神様はその決心を祝福してくださいます。そして神様は、最終的には必要なものは、すべて欠けることなく与えてくださるのです。

◆考えてみよう◆
神に従う人生は、お金のために生きる人生とどんな違いがあるだろう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたを信頼しあなたに従います。あなたに従う上で、ふさわしくないものは手放す事が出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


いさぎよく決心しよう
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月18日木曜日

すぐに従う

おはようございます!

◆今日の聖書◆
アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たときは、七十五歳であった。(創世記12:4)

◆どういうこと?◆
何となく、いつかはやらなきゃな〜と思っていることとか、心にひっかかってはいるけど、いつも後回しになっていることとかってない?やるべきことを面倒くさがって放っておくと、結局は何もやらないまま手遅れになってしまいます。だから、やるべきことは、すぐにやるのがいいのです。出来れば、今すぐにやるべきでしょう。

アブラムは神様のことばに従いました。しかも彼は、すぐに従いました。その時、彼はすでに75歳。自分はもう年寄りで手遅れだなどとは考えず、神の声を聞いた時、すぐに従ったのです。

ですから、人生決して手遅れという事はありません。大切なのは、示されたことにすぐ従う事。「今、神様の前にどう生きるか」なのです。

「確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」(第2コリント6:2)

あなたは今、神様に示されていることがありますか?何かやり忘れていることはありませんか?それを、いつでもすぐに行なうことが出来れば、ボクたちの人生は変わります。

◆考えてみよう◆
最近、神様が自分に示してくださっている事ってある?(ちゃんと勉強するとか、誰かの力になるとか、謝るとか、筋トレをするとか・・・)

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、やるべきだと示されていることを、今日行なう事が出来ますように。今日が無理でも、なるべく早く出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。」

すぐに実行しよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月17日水曜日

祝福の源

おはようございます!

◆今日の聖書◆
「そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」(創世記12:2-3)

◆どういうこと?◆
みんな、誕生日にお祝いしてもらったことってあるかな?周りのみんなが自分の存在を喜んでくれて、おめでとうって声をかけてくれると、とても嬉しいよね。自分のために用意されたプレゼントを受け取りながら、今まで生きてきて良かったなってしみじみと思ったりします。

神様はアブラムに約束しました。「わたしはあなたを祝福する。あなたを通して周りの人々も祝福される。」

自分が祝福されるだけでなく、自分が他の誰かの祝福となる!実は、それこそが最大の祝福なのかもしれません。

ボクたちの人生は、神様によって祝福されています。そしてボクたちは、まわりの人々に祝福を流して行くことができます。そういう人生を送りたいと思いませんか?

もしボクたちが神様に信頼し、そのことばに従うなら、必ずそのようになるのです。

◆考えてみよう◆
ボクのまわりに、神様からの祝福を必要としている人はいないかな。自分はその人のために何が出来るかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクを祝福し、まわりを祝福するために用いてくださる事を感謝します。毎日それを実感し、この世界の祝福となっていくことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君は祝福の源だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月16日火曜日

新しい地への招き

おはようございます!今日からは、アブラハムのストーリーになります。ちなみに有名なアブラハムは、初めはアブラムって名前だったんだよ。

◆今日の聖書◆
主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12:1)

◆どういうこと?◆
みんなは、引っ越しをして転校したことってある?仲の良い友達や、想い出の場所、慣れ親しんだ環境を手放すのはとっても辛いよね。また、新しい環境でうまくやっていくことが出来るのか、友達が出来るのかとか、考え始めると、期待と不安で押しつぶされそうになることもあると思います。人間というのは、本当に変化に弱い存在です。

でも、神様は時々、あえてボクたちにそういうチャレンジを与えるのです。

例えば、エスペランサを卒業して別の場所に行くことも、一つの新しい挑戦でしょう。学校の卒業もそうです。今まで自分では出来ないと思っていた責任を任せられることも一つのチャレンジです。海外へのチャレンジもそうです。

実は、そういった環境の変化は、ボクたち自身が変わる最高のチャンスなのです。

もしボクたちが、変化をかたくなに拒むのなら、ボクたちの一生は所詮そんなものでしょう。しかし、新しい道が開かれた時には、それに対して心を閉ざしてはいけません。自分自身の成長のチャンスを奪う事になるからです。

ボクたちは「さあ、あなたは今の状況を抜け出して、わたしが示すところへと進みなさい」と神様に命じられたとき、果たして、いつでもその準備が出来ているでしょうか。君は、いつでも自分自身を変える心づもりがありますか?

◆考えてみよう◆
1. 自分にとって、もっとも居心地の良い場所(仲間たち)はどこにいるだろう。

2. もし「その一番の居場所から抜け出して、新しい所に移るように」と神様に言われたらどうするだろう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも自分自身を変える勇気を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

変化は力です!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月15日月曜日

栄光は神に

おはよう!やったね!市長旗杯優勝おめでとう!!最高だったね!技術面はもちろん、フィジカルでも、メンタルでも、チームワークでも、みんなが一生懸命努力して来たことの成果だと思います。本当におめでとう!

◆今日の聖書◆
わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。(イザヤ書43:7)

◆どういうこと?◆
ボクたちは、何をするにも目的がなければやりがいを感じる事はできません。サッカーの試合であれば勝利する事であり、優勝する事。サッカー少年であれば、将来プロのサッカー選手になること。ボクたちは、その目標が明確であればあるほど、どんなことでも強い気持ちをもって頑張る事ができるのです。

では、ボクたちの人生の目的とは何でしょうか。

神様は、その答えの一つは「神様の栄光をあらわすため」だと言っています。つまり、ボクたちの人生を通して、神様の素晴らしさをあらわしていくということなのです。

「栄光」とは、周囲から高い評価を受けることです。サッカーに優勝すれば、ボクたちは人々から高い評価を受け、「栄光を手にした」と表現したりします。それは素晴らしいことですし、気持ちのいいことです。でも、それらすべてのことを通して「神様は素晴らしい!」と、ボクたち自身もまわりの人々も言えるようになっていくことこそが、より充実した人生を送るカギなのです。

なぜなら、人間は本当に高ぶりやすい者だからです。何度も見て来たように、高ぶった人はそれ以上成長しないばかりか、どんどん落ちて行きます。すべての栄光を独り占めにする人は、進歩のない人なのです。しかし、へりくだった人は、もっともっと成長して、さらに高いレベルへと進む事が出来るのです。

もしボクたちがへりくだるなら、サッカーを通して神様に栄光をあらわすことが出来ます。だから、ボクたちを造ってくださった神様にいつも感謝をささげ、栄光をささげていきましょう。そうすれば、ボクたちの人生はいつまで経っても進歩があり、最高にエキサイティングなものとなるのです。

◆考えてみよう◆
神様に感謝したほうがいいと思うことを、できるだけたくさん考えてみよう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクの人生を通してあなたの栄光をあらわさせてください。ボクが栄光を受けた時は、あなたに感謝をささげて栄光をお返しすることができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


栄光は主のもの!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月14日日曜日

力を受ける

おはようございます!いよいよここまで来たね!信じて自分たちのサッカーさえすれば、必ず勝てます!今日は、最高の舞台で、悔いの残らないようにのびのびと戦おう!

◆今日の聖書◆
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。(使徒の働き1:8)

◆どういうこと?◆
サッカーの試合には「流れ」があるよね。一人一人のちょっとした微妙な心理状態が、試合全体を大きく変えてしまうような結果に結びつく事はよくあります。そういう意味で、サッカーにはメンタルの強さが欠かせません。自分自身のやってきた事を信じ、最後まであきらめずに、必ず勝つという気持ちを強く持ち続けて、今やるべきことに全力で集中出来るかどうかにすべてがかかっています。

神様は、ボクたちに「力を与える」と約束してくださっています。神様の霊が注がれると、ボクたちの心もからだも強くされるのです。では、どうしたらそれを受けることが出来るのでしょうか。

そのための第一のカギは「へりくだること」です。つまり高ぶらないことです。神様の霊は、ちょうど水が低い所へと注がれるように、へりくだった人の心に注がれるのです。

感謝なしに力は与えられません。尊敬なしに力は与えられません。上を目指す気持ちなしに力は与えられません。努力なしに力は与えられません。・・・これらはすべて、まず自分自身がへりくだっているかどうかに大きく左右されているのです。

もしボクたちがへりくだって求めるなら、神様は必ずボクたちに聖霊を注ぎ、圧倒的な力で満たしてくださるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、今ボクはへりくだります。どうぞ、ボクの心に聖霊を注いでください。そして圧倒的な力で満たし、強い気持ちで過ごす事ができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

◆特別に祈ろう◆
「神様、今日は3年生最後の大会となる、横浜市長旗杯の決勝戦です。ここまで来れた事を感謝します。どうか、一人一人が100%の力を出し切って、必ず勝利することが出来ますように。恐れたり、集中力を途切れさせたりする事なく、最後まで圧倒的な力で戦う事が出来るようにさせてください。みんなが心を一つにして戦えますように。信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


さあ、信じて戦おう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月13日土曜日

心を一つにする

おはよう!さあ、大切な試合がたくさんつまった週末だね。落ち着いて今までの練習の成果を出し切れば必ず勝てます!信じて頑張ろう!!

◆今日の聖書◆
こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。(創世記11:8,9)

◆どういうこと?◆
人々は互いにことばが通じなくなって、いろんな地域に散らされてしまいました。人間たちの高ぶった悪い計画が実行出来ないようにするためでした。

でも神様は、ずーっと後の時代にすばらしい計画を用意されていたのです。

「この人たちは・・・みな心を合わせ、祈りに専念していた。・・・すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」(使徒の働き1:14,2:4)

この人々は、心をあわせて祈るために集まっていました。するとみんなは聖霊(=神様の霊)に満たされたのです。そして、何と聖霊に満たされた彼らは、互いにことばが通じなくなっていた一つ一つの国の言葉を話すことが出来るようになったのです!

もともと神様は、高ぶって悪いことで一致をする人々を嫌い、ことばを混乱させて散らしました。でも、正しいことで一致する人々のことは祝福し、神様からの特別な力を注いでくださるのです。それは、神様の素晴らしさが全ての人にのべ伝えられるためです。

神様は、ボクたちが良いことで再び一つになることを望んでいます。そのために神様は、ボクたちの心に聖霊を満たしてくれるのです。

◆考えてみよう◆
正しいことで一致出来る仲間、祈り合ったり真剣に話し合ったりできる仲間はいるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、素晴らしい仲間を感謝します。一致してあなたを待ち望み、聖霊に満たされて力を得ることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

心を一つにしよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月12日金曜日

ことばの混乱

おはようございます!!

◆今日の聖書◆
そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。(創世記11:5-8)

◆どういうこと?◆
全世界に一つの言葉しかなければ、苦労しないで世界中の人と話しができたのに!(英語勉強しなくていいのに!)って思ったことない?そもそも、なんで世界にはこんなにいろいろな言語があるんだろう。

聖書によれば、それは「神様が人間のことばを混乱させたから」なのだそうです。もともとは全世界には一つのことばしかなかったのです。

人類は、知恵と力を身につけて文明を築くようになると、次第に高ぶるようになりました。神様に頼る必要などないと感じるようになりました。そして、だんだんとあたかも自分が神であるかのような勘違いをするようになりました。

神様は、このままでは人間のためにならないと考えました。そこで、ことばを混乱させて、彼らが悪いことで協力することがないようにしたのです。だから、神様がことばを混乱させたのは、人間のためでした。

君は人生で何を築き上げようとしていますか?どんな気持ちでそれを行なおうとしていますか?

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(サムエル第一16:7)

神様は、ボクたちの心を見ます。もし、そこに高ぶった思いがあれば、建て上げようとしているものは崩されます。でも逆に、ボクたちの心がへりくだっているなら、神様はボクたちの働きを祝福し、完成させてくださるのです。

◆考えてみよう◆
神様は自分の人生を成功させてくださると思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクの人生を祝福し、最高のものを建て上げることができますように。そのために、高ぶった思いを取り除かせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


神様は心を見てるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月11日木曜日

高ぶりの危険

おはようございます!!今日からは、有名な「バベルの塔」の話になります。

◆今日の聖書◆
さて、全地は一つのことば、一つの話しことばであった。・・・彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作ってよく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青(れきせい、アスファルトのこと)を用いた。そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔をを建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」(創世記11:1,3,4)

◆どういうこと?◆
仲間って素晴らしいです。みんなが思いを一つにして何かをするとき何とも言えない充実感があり、みんなで協力して力を合わせるなら、ひとりでは出来なかった大きなことが出来るようになります。

でも、時々みんなで一致することが良くない場合もあります。それは、悪いことをしようとするときです。悪いことの場合は、みんなで一致して行なうと最悪の結果になります。そういう場合には、あえてまわりの空気を読まないで、正しいことを選ぶことができる心の強さが必要です。そして、良いことで一致出来る仲間と過ごすことが大切です。

ノアの子孫から再び広がっていった人間たちは、自分たちの手にした能力や技術で「何でもできる」と勘違いしました。そして、自分たちがいかにスゴいかを見せつけるために、高い塔を作ろうとしました。これは人々の高慢です。神は高ぶった人を受け入れることは出来ません。

高ぶりは、諸悪の根源です。今、自分の心に高ぶった思いがないか点検してみよう。

◆考えてみよう◆
1. 最近、何か高ぶった思いになっていることはないかな?

2. 悪いことで心を一つにしてしまうような仲間はいないかな?その空気を変えていく勇気はある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、高ぶることがないように守ってください。悪い仲間と一致するのではなく、良い仲間と良いことで一致していくことができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

良い仲間は財産だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月10日水曜日

信じて準備する

おはよう!

◆今日の聖書◆
信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づくものは、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となりました。(ヘブル人への手紙11:6-7)

◆どういうこと?◆
ある所に、雨を待ち望むふたりの農夫がいました。一人は神に祈るだけで、あとは何もしませんでした。もう一人は神が願いを聞き届けてくれると信じ、せっせと畑で雨降り後の準備をしました。さて、どちらの農夫の畑に雨が降ったと思いますか?

「信仰」とは信じることです。でも、本当に信じているなら、信じた通りに行動するはずです。それが本物の「信仰」です。

ノアは「信仰の人」として後の時代にまで語り継がれる人物となりました。ノアが信じて行動したからです。「信仰」がなくては、神に喜ばれることはできません。

もし、偉大なサッカー選手になりたいと願っているなら「信仰」が必要です。ただ、祈るだけではだめです。必ずそうなると信じて、今から準備をするのです。神様は、そういう人の取り組みを、絶対に祝福してくださいます。

「信仰」があれば、あなたの畑にも必ず雨が降るのです。

◆考えてみよう◆
1. 将来何になりたい?正直、なれると思う?

2. 10年後の目標、5年後の目標、3年後の目標、1年後の目標、3ヶ月以内の目標・・・というふうに、なりたい自分への道筋となる目標を考えてみよう。そして、それを達成するために全力で取り組む決意をしよう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、本気で信じる事が出来るように、そして信じて全力で取り組むことが出来るように力を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

さあ準備を始めよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月9日火曜日

契約の虹

おはようございます!!

◆今日の聖書◆
「わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。・・・わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。・・・虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。」(創世記9:11,13,16)

◆どういうこと?◆
みんな虹って見たことあるよね。雨上がりの日差しに輝いている虹を見ると、なんだか嬉しくて、ちょっとほっとしたような気分になります。

実は聖書によると「虹」っていうのは、神様が人間と結んだ「契約のしるし」なんだって。

契約っていうのは、簡単に言えば約束のことです。たとえば「時給800円でアルバイトをする」という時には「私が1時間働く」ことと「バイト先が800円与える」という約束をお互いの間でするということです。これが普通の契約です。

でも、神様が人間に対してする契約は、一方的なものでした。人間がどうであるかに関係なく、「もう二度と大洪水で地を滅ぼさない」と約束してくださったのです。そして神様は、虹を見る度に、その約束を思い起こしてくださいます。

ボクたちに出来ることは、ただ神様がそれほどの愛を示してくださっていることを感謝して受け入れること。だからボクたちも、今度虹を見た時には、神様の愛の約束を思い起こしてみよう!

◆考えてみよう◆
身の回りで、一方的に与えられている恵みって何があるかな?(生活になくてはならないけど、自分の努力で得たものではないもの。)

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたの一方的な愛に感謝します。毎日、あなたの恵みに目を留めることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


今日も恵みが取り囲んでるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月8日月曜日

神様の愛

おはよう!市長旗杯、エスペランサ初のベスト4進出おめでとう!!本当に素晴らしい内容だったね。まだまだ上を目指して今回こそは絶対優勝しよう!!

◆今日の聖書◆
主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。・・・わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。」(創世記8:21)

◆どういうこと?◆
ノアの礼拝を受けて、神様は心の中で誓いました。「もう2度とこんな方法で人間を滅ぼすことはしまい・・・。」

ということは、神様は自分がしたことを後悔したのでしょうか?答えは、Yes.でありNo.です。

神様はやるべきことはやるお方です。罪をそのまま見て見ぬ振りは出来ません。うやむやにはできないのです。だから、洪水で人間を滅ぼしたこと自体は決して間違いであはありませんでした。神様は、そういう意味では後悔していません。

でも神様は、人間を心から愛しておられます。その愛する人間たちが滅びていくのを見て、平気でいられるはずがありません。神様は、心がかきむしられるほど苦しかったのです。そして、出来るならば滅びる人間の身代わりになりたいと思ったほどでした。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)

そして神様は、実際にそのひとり子イエス・キリストを十字架につけ、私たちの身代わりとされました。それがどれほど神様にとって苦しいことか分かりますか?でも、神様はボクたちを愛する愛のゆえに、ボクたちを滅ぼすのではなく、身代わりとして大切な息子であるイエス・キリストをささげました。それほどに、神様の愛は大きいのです。

あとはボクたちが、イエス・キリストが自分の罪の身代わりとして十字架で死んでくださったという事実を、信仰によって信じるだけです。あなたは、このイエス・キリストを信じていますか??

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、イエス・キリストがボクの罪の身代わりとして十字架で死んでくださったことを感謝します。あなたを信じます。どうかボクの人生を造りかえてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様は愛です!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月7日日曜日

感謝のささげもの

おはよう!昨日はひとまず1勝おめでとう!今日は最大の山場だね。信じて、やるべきことをやれば、絶対勝てます!!がんばってね!

◆今日の聖書◆
そこで、ノアは、息子たちや彼の妻や、息子たちの妻といっしょに外に出た。・・・ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。(創世記8:18,20)

◆どういうこと?◆
やっとノアとその家族は、箱舟の外に出ることが出来ました。実に約一年ぶりです!!ノアはその間ずっと神様を信じ続けました。つらい時も、厳しい時も。

そんなノアが外に出て一番初めにしたことは「祭壇を築く」ことでした。つまり、神様を礼拝したのです。礼拝とは、自分自身を神様にささげるということです。ノアは、神様に心からの感謝をささげ、自分自身をささげたのです。

ボクたちは、何か一生懸命取り組んできたことが、ついに報われた時、感謝すべき人に感謝しているでしょうか。先生や両親、コーチや指導者や先輩・・・、そして仲間たち。何かを達成した時、ボクたちがまず初めにすべきことは、感謝をささげることです。

そして、それらすべてを超えて、どんなときでもボクたちのことを見守ってくれる神様に、いつでも感謝すべきです。そうする時に、ボクたちの人生はさらに祝福されるのです。

◆考えてみよう◆
何か感謝を忘れていることはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな時もボクを見守ってくれてありがとうございます。あなたに自分自身をささげます。サッカーも勉強も、すべてを精一杯取り組むので、ボクの人生を祝福してください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

感謝をささげよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月6日土曜日

鳩とオリーブ

おはよう!今日はいよいよ市長旗杯本大会スタートだね!心を一つにして頑張ろう!!

◆今日の聖書◆
また、彼(ノア)は水が地の面から引いたかどうかを見るために、鳩を彼のもとから放った。・・・鳩は夕方になって、彼のもとに帰って来た。すると見よ。むしり取ったばかりのオリーブの若葉がそのくちばしにあるではないか。それで、ノアは水が地から引いたのを知った。(創世記8:8,11)

◆どういうこと?◆
みんな、エスペランサのエンブレムには何の絵が描いてあるか覚えてる?そう、右下には十字架。そして左上に描いてあるのは「鳩とオリーブの若葉」です。

この「鳩とオリーブの若葉」は、古くから平和のシンボルと言われてきました。でも実はそれ、今日の聖書箇所に出てくるノアのストーリーから来ているんです!

ノアは自分の解き放った鳩が、オリーブの若葉をくわえて帰って来た姿を見て心から喜びました。それによって、地から水が引いた事を知ったからです。それはつまり「救いの約束」でした。

新約聖書には「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし・・・(エペソ2:14)」と書いてあります。

エスペランサに集う一人一人が「本当の平和」であるイエス・キリストと出会い、希望にあふれて歩んでいって欲しい。これがエスペランサのエンブレムに込められた本当の意味なのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、キリストこそがボクたちの平和です。オリーブの若葉をくわえた鳩のように、ボクも平和を伝える存在となれますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

平和を生み出そう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月5日金曜日

心に留めてくださる

おはよう!

◆今日の聖書◆
水は、百五十日間、地の上にふえ続けた。神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた。それで、神が地の上に風を吹き過ぎさせると、水は引き始めた。(創世記7:24,8:1)

◆どういうこと?◆
ノアは150日もの間、今後どうなるか分からない状況の中で、動物と一緒に箱舟の中で過ごしました。でも、神様は彼らを見捨てたのではありません。いつでも「心に留めていてくださる」のです。

ボクたちは、あまりにも長い間混沌とした中に放っておかれると不安になります。でも、神様はどんな時でも、ボクたちの事を忘れたりしません。


「あしあと」という有名な詩があります。とても素敵な詩なので全文載せてもいいのですが、だいたいこんな内容です。

ある夜わたしは夢を見た。
砂浜に、2つの「あしあと」が並んで残されている。一つは私のもの。一つは神様のもの。でも私の人生で一番つらく悲しい時、そこには1つの「あしあと」しかなかった。

「神様、なぜ私が一番つらかった時、あしあとが1つしかないのですか?なぜ一番あなたを必要としていた時、あなたは私を見捨てたのですか」

神様はやさしくこう言われた。「私の愛する子よ。私は決してあなたを捨てたりしない。ましてや、苦しみや試みの時に。あしあとが一つだった時は、子よ、私があなたを背負って歩いていたのだよ。」


たとえボクたちが一人で歩いているように感じる時でも、神様はいつでも一緒にいてくれます。そして、一番大変な時は、しっかりと背負って歩んでくださいます。それが、私たちの信じている神様の愛なのです。

◆考えてみよう◆
あまりにも長く放置されて、耐えきれないような状況になったことある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな時でもボクを見守ってくださること感謝します。これからもあなたの愛で支えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


神様は背負ってくれるよ
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月4日木曜日

心の痛みを無視しない

おはようございます!

◆今日の聖書◆
それから、大洪水が、四十日間、地の上にあった。水かさが増していき、箱舟を押し上げたので、それは、地から浮かび上がった。水はみなぎり、地の上に大いに増し、箱舟は水面を漂った。・・・こうして、主は地上のすべての生き物を、人をはじめ、動物、はうもの、空の鳥に至るまで消し去った。それらは、地から消し去られた。ただノアと、彼といっしょに箱舟にいたものたちだけが残った。(創世記7:17,18,23)

◆どういうこと?◆
「また宿題忘れたのか?」「また遅刻か?」「またケンカしたのか?」「またヤラかしたのか?」「またオマエか?」「・・・」

ボクたちは、いつもいつも怒られ続けていると、次第に無感覚になってきます。はじめのうちは、心から「悪かったな」と思うこともあるでしょう。でも、だんだん慣れてくると「テキトーにあやまっておけばいい」程度にしか物を考えなくなってしまいます。

「オレだけじゃない」「まわりのヤツらだってやってる」「こんなのたいしたことない」「どうせちょっと怒られるのガマンすれば終わりだ」「別に死ぬ訳じゃない」

そう自分に言い聞かせて、心の痛みを感じないようにしているのです。


ノアの時代の人々は最悪でした。でも、そんな彼らでも、みんなと同じように、はじめは「悪かったな」と思う心があったのです。それがどういう訳か、心がだんだんと無感覚になって、悪い事を「悪い」と感じないようになり、正しい事をしても悪い事をしても、人生何も変わらないと思うようになってしまったのです。

でも真実はどうでしょう?悪い事をすれば、その結果は滅びです。神様は、罪をそのまま放っておく事ができないからです。ですから、ノアの時代の人々は、みな滅びてしまいました。

それでも希望があります。ノアは神を信じて救われました。ボクたちは完全に正しいことをすることは出来ません。でも「悪かったな」と思う心を大切にして、気がついた時に神様のもとへ帰るなら、神様は必ずボクたちを守り続けてくださるのです。

◆考えてみよう◆
1. 「悪かったな」と思ったのにほったらかしにしている事はないかな。

2. 「悪いな」と思いながら、無感覚になってしまっていることはないかな。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、悪かったと思った時、いつでもあなたに立ち返る事が出来るように助けてください。無感覚のまま滅びる人々のようにではなく、信じて救われたノアのように生活できますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


心の痛みも祝福になるんだよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月3日水曜日

うしろの扉

おはようございます!3年生は最後のリーグ戦、そして週末に向けて良い調整の時となると思います。悔いの残らないように、ベストを尽くして頑張ろう!!

◆今日の聖書◆
入ったものは、すべての肉なるものの雄と雌であって、神がノアに命じられたとおりであった。それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。(創世記7:16)

◆どういうこと?◆
「やばい、電車に遅れる!!」

君は、人々の流れに逆らって、ダッシュで駅の階段をかけ上がる。

「くそっ、何でよりによって、急いでる時にこんなに混んでるんだ??汗」

到着したばかりの電車に乗らなければ、確実に遅刻だ。君は、なりふり構わず人をかき分け、一目散に電車に飛び込んだ!

ぎりぎりセーフ!電車のドアは君のカバンをかすめながら、静かに閉まった。

「間に合った!」

君は、ホッと一息・・・。何とも言えない安心感。


ノアの後ろで神様が扉を閉めた時、ノアはきっとそんな風に感じたんじゃないかな。やるべきことはやった。あとは神様がすべてを完成させてくださる!

神様はボクたちのうしろの戸を閉じてくださる方です。

もちろん、ノアはボクたちみたいに遅刻しそうになって慌てて行動していた訳じゃありません。でもそれはそれとして、もしボクたちが神様を信頼して行動するなら、神様は必ず最後まで責任を取ってくれます。もしボクたちが神様を信頼してその人生を神様にゆだねるなら、神様は必ずボクたちのたましいに責任を持ってくれます。

神様は、救いを完成させてくださる方なのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたは救いを完成させてくださる方です。ですから、あなたに信頼して人生をゆだねていくことができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様がいるから安心だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月2日火曜日

困難が来たとき

おはよう!

◆今日の聖書◆
ノアは、自分の息子たちや自分の妻、それに息子たちの妻といっしょに、大洪水の大水を避けるために箱舟に入った。きよい動物、きよくない動物、鳥、地をはうすべてのものの中から、神がノアに命じられたとおり、雄と雌二匹ずつが箱舟の中のノアのところに入って来た。(創世記7:7-9)

◆どういうこと?◆
みんな動物園って好き?たぶん、みんなが小さい頃は、大きなゾウさんとか、首の長いキリンさんとかを見て、ワーワー言いながら大興奮して楽しんでたんじゃないかな。まあ、たぶん今はビミョーって感じるんだろうけどね。

ノアの箱舟の中は、まさに動物園でした。あっちで吠える声、こっちで叫ぶ声。みんな普通に食べるし、普通にウンコもするし・・・。う・・、くさい・・・。

混沌として、もはやゾウさんを無邪気に楽しめるような雰囲気ではありません!!しかもノアは600歳。気が狂いそうになってもおかしくないよね。せっかく苦労して何ヶ月もかけて造った箱舟の中が、こんなグチャグチャな生活じゃあ・・・。一体いつまで続くのか?こんなことなら、いっそ一緒に死んでしまったほうが良かった!!って感じでね。

ボクたちは自分が望んでいた状況がかなっても、次の困難がやってくるとすぐにあきらめてしまいがちです。そして、いとも簡単に「あんな苦労はじめからしない方が良かった!」と言ってしまうものです。

サッカーでも、「せっかくエスペランサに入ったのに・・・」とか「せっかく1軍になったのに・・・」とか「せっかくレギュラーになったのに・・・」とか、「せっかくJ下部に入ったのに・・・」とか、もうどんなレベルでも困難はやってくるのです。

ノアは、その混沌とした状況の中でも決して不平不満を言わず、決して神様を信じることをやめませんでした。だからこそ「特別な人」となれたのです。

◆考えてみよう◆
困難があったとき、すぐに不平不満を言ってしまうことはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな困難の中にあっても、あなたを信じ続けることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

あきらめないで!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月1日月曜日

何を信頼するのか

おはようございます!昨日はU-13B貴重な勝利おめでとう!最後まであきらめない気持ちが最後の逆転ゴールにつながったんだね!嬉しいです!!
Bチームからの底上げはチーム全体の力のアップです。これからも頑張ってね!!

◆今日の聖書◆
「大洪水が起こり、大水が地の上にあったとき、ノアは六百歳であった。」(創世記7:7)

◆どういうこと?◆
え?ちょっと待った。どういうこと??「ノアは600歳だったって!?」

そうなんです。世界が造られて間もないころは、どうやら人間は600歳とか、900歳とか、平気で生きていたみたいです。これってみんな信じられる?

・・・普通信じられないよね。

でも、じゃあ、たとえば、カメは何年くらい生きると思う?実際に飼育した記録が残っているものでは、ゾウガメの一種が500年間生きていたらしいよ。これは信じられるかな?

・・・え?これは信じられるの!?


どっちにしても、ボクたちが見た事のないものに関しては、自分がその情報を「信じるか信じないか」にかかっています。600年も生きた人を信じられないのは、たぶん自分の身の回りとか、教科書とか、ニュースとかでそんなに長く生きた人を見聞きしたことがないからだよね。

ボクたちのまわりにある情報は、本当のものもあれば、まったくのウソのものもたくさんあります。だから、何を信じたら良いのかが分からないと、簡単に世の中の間違った情報に振り回されてしまうのです。

考古学上の本文批評という研究で「聖書」ほど信頼出来ると言われている本はありません。内容も、論理的に考えてとてもウソであるとは考えられないのです。

常識や偏見にとらわれて、正しいものの見方が出来なくなってしまわないように、注意したいですね。

◆考えてみよう◆
何が信頼出来る情報で、何が信頼出来ない情報だと思う??

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、何を信頼したら良いのか見分ける目を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

ちなみにゾウガメは500歳じゃなくて250歳までしか生きてないよ〜ん。ごめん、ボクの情報が信頼できなくなっちゃうね(汗)

今日も頑張ろうね!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月31日日曜日

素直に従う

おはよう!昨日はすごい雨風だったね。洪水にならなくてよかった!!今日は、U-13Bの公式戦だね。練習試合もあるね。みんながんばってね!

◆今日の聖書◆
ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った。(創世記6:22)

◆どういうこと?◆
神様はノアに言いました。「これから大雨と洪水で人々を滅ぼすよ!あなたはわたしが命じる通り、大きな箱舟を造って入りなさい!!」

さて、もし君がノアだったら、どうする?

「え?マジっすか?っていうか、ここ山なんですけど?舟ありえなくね?チョーだりぃ・・・」って感じかな?

考えてみてください!今までにそんな洪水起きた事ないし、常識では考えられないよね?そもそも、そんなでかい舟、本当に出来るのか・・・?だいたい、地上でいきなりそんなでかい舟を誰かが造り始めたら、みんな頭がおかしくなったんじゃないかって思うよね。

でも神様は、あえてボクたちの理解を越えたことを命じることがあるんです。なぜなら、神様は将来のことも全部知っていてるからです。ボクたちには分からなくても、神様は全て知ってるんだって事だけ信じられれば、従う事ができるのです。

ノアは、そんな中でも神様のことばを信じて、言われた通りに従いました。これこそが、ノアの祝福の秘訣です。

◆考えてみよう◆
1. サッカーの面で、コーチから言われているのに素直に従えないことはないかな?それは何故だろう?

2. 常識にとらわれて「こんなことできない」って思い込んでいることはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクも素直に従う事が出来ますように。時には常識を打ち破って、大胆に信じて従う事が出来るように力をください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

素直に信じてみよう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月30日土曜日

救いの方法

おはよう!今日は、結局試合中止になっちゃったね!!台風だから、みんな吹き飛ばされないように注意してね!(洪水にならないといいんだけど笑)

◆今日の聖書◆
「あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。・・・わたしは今、いのちの息のあるすべての肉なるものを、天の下から滅ぼすために、地上の大水、大洪水を起こそうとしている。地上のすべてのものは死に絶えなければならない。しかし、わたしは、あなたと契約を結ぼう。あなたは、あなたの息子たち、あなたの妻、それにあなたの息子たちの妻といっしょに箱舟に入りなさい。」(創世記6:14,17,18)

◆どういうこと?◆
神様は、この世界を洪水で滅ぼすことを決意しました。でもノアにだけは一つの約束をしました。もしノアが神様に命じられた通りの箱舟をつくり、ノアとその家族(と動物たち)がその中に入るなら、彼らは生き延びる事ができるようになるということです。

実はこれ、神様がイエス・キリストの十字架を通してボクたちを救ってくださる方法と良く似ているんです。

イエス・キリストは、ボクたちの身代わりとなって十字架の上で死んでくださいました。それによってボクたちに愛が分かり、救いの道がひらかれたのです。イエス・キリストの十字架を信じる人は、誰でも救われます。「信じる」とは、ちょうどノアとその家族が箱舟に乗るようなものです。何も難しいことはありません。ただ信じてその通り行動するだけです。

もし、ノアやボクたちが、どんなに自分たちの力で頑張ってみても、滅びをのがれることはできません。ただ、神様が用意した道だけが唯一の救いの道なのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、イエス・キリストの十字架を通してでなければ、救いはありません。ノアが信じて箱舟に入ったように、ボクも信じて救いの道を歩めますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

十字架は救いの道です!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月29日金曜日

神様の思い

おはよう!!台風が近づいてます!でも、今日の予報は晴れ。不思議だねぇ。

◆今日の聖書◆
そこで、神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。それで今わたしは、彼らを地とともに滅ぼそうとしている。」(創世記6:13)

◆どういうこと?◆
神様は、人々が滅びに向かっているという大変な事実を、ノアにだけ教えてくれました。神様は、ノアを信頼していたのです。ノアにだったら、神様の話が真実であることがが通じると思ったからです。神様は、ノアにご自分と同じ思いを持って欲しいと考えました。

神様を信じ、神様とともに歩んでいると、この世界が今どういう状態にあるのかが分かるようになります。そして、これからどうなっていくのかが見えてきます。それは、神様がどれほど人々の悲惨な状況に痛んでいるのかということを、ボクたちにも共有して欲しいと思っておられるからです。

そして、ボクたちを通して、この世界を救いたいと願っているのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたの思いを知る事が出来るようにさせてください。信頼できる人となって、神様の心にかなって過ごす事が出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アメーン。」

心が一つになれたらいいね!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月28日木曜日

永遠の価値観

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。(創世記6:9)

◆どういうこと?◆
今、みんな誰の音楽をよく聞く?・・・何?AKB48?(笑)

音楽とかファッション、それに有名人とかって、「流行」があるよね。その流行に乗らないと、バカにされたり、みんなの仲間になれなかったり。でも「流行」ってコロコロ変わるから、いつも「流行」にあわせていくのは結構大変なことです。

同じように、人間の考えや価値観もコロコロと変わります。その時代や場所によって正しさの基準さえも変化してしまうのです。

ノアは「特別な人」でした。なぜでしょう?それは、ノアが、どんなにまわりの価値観が変化しても、何が正しいことなのかを見失うことがなかったからです。

では、なぜノアは、正しいことを見失わずに歩めたのでしょうか?それは、神様とともに歩んでいたからです。

神様の基準は、永遠に変わることがありません。神様のことばにしっかりと従って歩んでいたので、ノアは自分を見失わずに堂々と歩むことができたのです。

◆考えてみよう◆
自分の価値観や考え方は、何に一番影響を受けているかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたとともに歩ませてください。どんなに周りの価値観が変化しても、正しいことを選ぶことが出来るように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

自分を見失わないでね!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月27日水曜日

特別な人

おはよう!!夜の野七里は寒いね。これからまた寒くなってくるらしいから、風邪を引かないように気をつけてね。

◆今日の聖書◆
しかし、ノアは、主の心にかなっていた。(創世記6:8)

◆どういうこと?◆
エスペランサでは「特別な人」となることが、ひとつの目標です。それは、他の人よりも偉そうにすることでも、かっこつけることでもありません。もちろん、サッカーが特別うまくなることは、重要なことですが、それが自動的にここで言う「特別な人」になる訳ではありません。

「特別な人」とは、ひとことで言えば「まわりに流されないで、正しいこと、やるべきことを選び取ることが出来る強さを持った人」のことです。

神様は「特別な人」を用います。「特別な人」は、やがてまわりの人を変え、社会を変え、時代を変えていく人となっていくのです。ノアは「特別な人」でした。この時代、ノアだけが神様の心にかなっていたのです。

でもだからと言って、ボクたちが何か「特別なこと」をしないといけないと考える必要はありません。むしろ「強い気持ち」を持って、ただ自分自身のやるべきことに集中すること。神様は、そのような人を一歩一歩導いて、豊かに用いてくださるのです。

◆考えてみよう◆
自分にとって「特別な人」になるために必要なことは何かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクも特別な人になることが出来るように導いてください。そのために、強い気持ちを与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君も特別だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月26日火曜日

叱られる時

おはようございます!

◆今日の聖書◆
そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」(創世記6:7)

◆どういうこと?◆
ある小学生がこういう風に言っていました。「うちらの担任、チョーいい先生だぜ。やさしいし、全然怒んないし。」

確かに怒らない先生は人気があるでしょう。逆に、口うるさく注意する先生はきっと、「うざい」先生ということで、避けられてしまうのかもしれません。でも、そんな中で、誰かこの子たちのために、本気で叱ってくれる先生はいないのかな・・・?と疑問に思いました。

ボクたちは何をするのも自由です。でも、間違ったことをしたらその結果に対しての責任を負わなければいけません。そして、それは誰かに教えてもらわなければ(叱られなければ)分からないのです。

神様は、苦しんだ結果、一度地上のすべての人々を消し去ることを決意しました。でも、神様は単なる「罰」を与えたのではありません。これから先、神様の壮大な計画の中で、イエス・キリストの十字架による「救い」へと導くための、大切な一歩となったのです。

◆考えてみよう◆
1. 今自分にとって、悪いことをきちっと叱ってくれる存在は誰かな?

2. それをウザイと思う?それとも感謝してる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、罪を犯してその結果として責任を負う時、そこからも学ぶことが出来るようにしてください。ボクが正しい道を選べるように、あえて叱ってくれる人を感謝し、尊敬出来るようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

感謝して歩もう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月25日月曜日

神が心を痛めるとき

おはようございます!昨日のU-13も勝ったみたいだね!おめでとう!
昨日は間違って2通送ってしまいました。金曜日に話した事のある内容のメモだったんだけど、せっかくだからそれも読んでね。さて今日からは、カインとアベルの話から少し時代が進んで、有名なノアの話に入っていきます。

◆今日の聖書◆
主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。(創世記6:5-6)

◆どういうこと?◆
地上に増え広がった人間たちは、みんな悪いことばかりをするようになりました。

もし、ボクたちが悪いことばっかりしていたら、親は心を痛めるよね。特に中学生の時期、反抗期で万引きやタバコに手を出すようになったりしたら、何でこんなことになったのかと死ぬほど悩み、気が狂いそうになると思います。

では、なぜそんなに辛くなるのか分かる?

それは、自分の子どもを愛しているからです。一番大切だからです。隣の家の子どものことだったら、「かわいそう」とか「大変ね」とは思うかも知れないけど、そこまで悩みません。自分の子どもは特別なのです。

神様にとって、ボクたちは、本当の子どもです。大切な存在なのです。

聖書には「罪から来る報酬は死です」と書いてありますが、神様はボクたちが死んだような生き方をして欲しくないのです。だから、ボクたちが罪を犯す姿を見て、それを自分の事のように苦しまれるのです。

◆考えてみよう◆
今、親を悲しませるような事はしていないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクが罪を犯すとき、あなたは実の親のように苦しんでくださることを知りました。どうか悪から離れ、良いことを行う事ができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君は大切な存在だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月24日日曜日

失望しないで!

おはようございます!昨日は1年生、2年生ともに初戦を勝利できてよかったです!!今日のもう1チームもがんばれ!!
今朝の聖書は、金曜日夜のメッセージと同じところからです。

◆今日の聖書◆
善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。(ガラテヤ6:9)

◆どういうこと?◆
一生懸命やっているのに、なかなか成果が出ないとあせるよね。自分のやっていることが本当に意味のあることなのか確信が持てなかったり・・・。

もしそこで「もうダメだ」と思ってやめてしまったら、本当にもうそれで終わりなのです。しかし、もしあきらめずに続けていくなら、時が来れば必ずその苦労は報われます。

「失望」は、夢の実現への、大きな妨げなのです。実際、多くの人が現実の問題にぶつかり、失望し、夢をあきらめて来ました。

でも誰一人、完全な人はいません。失敗することもあります。自分自身がなさけなく思うこともあります。もし、もうダメだと思ったときは、どうしたらよいのでしょうか?


聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」(ローマ10:11)


たとえ、自分自身を信頼できなかったとしても、神様を信頼すること。困ったときの神頼みでも構わない。神様を信頼するのです。すると心が強くされて、いろいろな問題を乗り越えて、続けていく力が与えられるのです。

◆考えてみよう◆
1. 今までに挫折したこと、失望したことってあるかな?

2. あきらめたくなった時、どうやってそれを乗り越える?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたに信頼するなら、失望させられることはありません。どうか失望せずに、一生懸命やるべきことをやり続けることができます様に。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


信頼して歩もう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

ことばには力がある

ことばには力がある。

神はこの世界を「ことば」を用いてつくった。
神様のことばは、何かものを生み出すという力を持っている。

同じように僕たちの「ことば」にも力がある。
何かを生み出すことができる。

肯定的なことばを使っていると、本当に状況が肯定的になっていく。
否定的なことばを使っていると、本当に状況が悪くなっていく。


ことばの力を軽くみないで欲しい。
・ことばで人の心をずたずたにすることも出来る
・ことばで人をやる気にさせることも出来る



やさしいことばだけがいいのか?
・何かを得るために痛みを通らなければならない時には、それをきちんと伝えてくれる人が必要
・危ない状況おかれているとき、大丈夫とは言えない。


厳しいことばを聴いたときは、それが自分のための事か考えてみる。


・本当に自分のためになることなら、その人は自分をいのちがけで救ってくれる
・自分勝手なら、無視する。


否定的なことばが、自分の心に残らない方法。
ぼくらを造られた神からの真実のことばを聴き続ける。

2010年10月23日土曜日

決して見捨てない

おはようございます!!いよいよ今日からリーグ戦の新しいステージの開幕だね!大事な初戦、みんなベストを尽くして頑張ろうね!!

◆今日の聖書◆
カインは主に申し上げた。「私の咎は、大きすぎて、にないきれません。・・・私に出会う者はだれでも、私を殺すでしょう。」主は彼に仰せられた。「それだから、だれでもカインを殺す者は、七倍の復讐を受ける。」そこで主は、彼に出会う者が、だれも彼を殺すことのないように、カインに一つのしるしを下さった。(創世記4:13,15)

◆どういうこと?◆
犯罪を犯して少年院や刑務所に入ると、たとえそこから出ても、その後の生活は大変です。まともな仕事に就こうとしても、犯罪者のレッテルがいつまでもついてまわり、多くの人はその人を避けようとします。

でも、神様はそんな犯罪者のカインのことでさえ、最後まで見守って下さる方です。

もしボクたちが、何らかの理由で一人ぼっちに感じることがあったとしても、神様は絶対に最後まで見捨てず、見守って下さる方なのです。

◆考えてみよう◆
最近、一人ぼっちに感じることってあるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがどんな時でもボクを見捨てないで見守って下さることを感謝します。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


ひとりじゃないよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月22日金曜日

罪の結果

おはよう!!

◆今日の聖書◆
「あなたは、いったいなんということをしたのか。聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる。今や、あなたはその土地にのろわれている。その土地は口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた。それで、あなたがその土地を耕しても、土地はもはや、あなたのためにその力を生じない。あなたは地上をさまよい歩くさすらい人となるのだ。」(創世記4:10-12)

◆どういうこと?◆
カインの罪の結果、この地はのろわれてしまいました!この地のすべてののろいの原因は、人間の罪にあるのです。人類のすべての悲惨な出来事も、今起こっている環境問題も、すべては元をたどると人間の罪が原因なのです。

でも逆に、もし人間が罪から解放されるなら、この世界をも回復することができる望みがあるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクを罪から解放してください。そして、世の中の悲惨な出来事が少しでもなくなりますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

世界を変えよう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月21日木曜日

バレたらヤバイ・・・

おはよう!

◆今日の聖書◆
主はカインに、「あなたの弟アベルは、どこにいるのか」と問われた。カインは答えた。「知りません。私は、自分の弟の番人なのでしょうか。」(創世記4:9)

◆どういう意味?◆
カインは弟を殺しました。誰も見ていないはずの所で。そんなカインに神様は「弟はどこにいるのか?」と聞きました。なのにカインの返答は、ある意味で逆ギレです。「うっせーなー!なんでオレに弟のことなんか聞くんだよ!!」

なぜカインは逆ギレしたのでしょう?それは、「あのこと」がバレたんじゃないかとビクビクして、イッパイイッパイになっていたからです。

バレなければ何をしても良いのではありません。なぜなら、たとえ人の目をごまかすことができたとしても、心の中の自由がどんどん奪われていってしまうからです。

◆考えてみよう◆
1. 普段はしらばっくれてるけど、実は誰かにバレるんじゃないかと思ってビクビクしている事ってない?

2. 誰かに聞いてもらえたら楽になるのにって思ったことある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、バレないように逃げるのではなく、ゆるされてすっきりと過ごせますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


ビクビクしなくていいよ
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月20日水曜日

人類最初の殺人事件

おはようございます!今日は、カインとアベルの話が急展開します!!

◆今日の聖書◆
しかし、カインは弟アベルに話しかけた。「野に行こうではないか。」そして、ふたりが野にいたたき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。(創世記4:8)

◆どういうこと?◆
自分の兄弟や、身近にいる友達に対して、ねたみを感じることはありませんか?「あいつさえいなければ、すべてうまくいくのに・・・」と憎しみを感じることはありませんか?そういう人は気をつけてくださいね。「ねたみ」「怒り」「憎しみ」等は、放っておくと心の中でグルグルと大きくなり、やがては正常な判断が出来ないほどの犯罪に育っていく危険があるからです。

カインは、弟アベルだけが神に受け入れられた事をうらみ、とうとう大切な兄弟を殺してしまいました。「野に呼び出して殺す」という用意周到に準備された方法で。カインの頭の中は、弟を殺す事でいっぱいでした。ですから自分の行動の結果、どういう事になるか考える余裕すらありませんでした。弟を殺す事が、彼の人生の最大の目的となってしまったのです。それは、まさに「罪の奴隷」となった状態です。

ボクたちは、程度の差はあっても、みんな「罪の奴隷」です。イエス・キリストは、そんなボクたちを罪のくさりから解き放つために十字架にかかってくださったのです。

◆考えてみよう◆
1. ねたみや憎しみを感じるのってどんな時?

2. 今、ねたんでる人とか、憎んでる人っている?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、時々ねたみや憎しみで心がいっぱいになってしまうことがあります。でも、そんなボクを解放するために、イエス・キリストが十字架で身代わりとして死んでくれた事を感謝します。そこに希望があると信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

希望はあるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月19日火曜日

神様は見守ってくれる

おはようございます!
さあ、今日も元気だして頑張ろう!

◆今日の聖書◆
そこで、主は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」(創世記4:6-7)

◆どういうこと?◆
みんなは誰も見ていない時でも、自分から進んで良いことをしていますか?それとも、言われた時だけ、または何か自分の得になる時だけしかやりませんか?逆に、誰も見ていないからといって、人に知られたくないような悪い事をしていませんか?今までの自分の人生がすべて録画されていて、みんなの前で上映されたとしたら、みんなは自信をもってそれを見てもらう事が出来ますか?

誰もが不完全です。良い時もあれば、悪い時もあります。でも、たとえ誰も見ていないようでも、神様はすべてをご存知です。そして、人の目はごまかすことが出来るかも知れませんが、神様の目は絶対にごまかすことが出来ません。

正しく行なったのなら、必ずそれは神様の目に留まっています。たとえ地上で評価されなかったとしても、神様はちゃんとそれを知っていてくれて、天国でご褒美をくれます。逆に、もし正しく行なっていないのなら、だんだんと心が闇に支配されて行き、どんどん悪い方へと進んでいってしまうのです。

カギとなるのは、誰も見ていない時の自分の行動です。誰も見ていなくても神様は見ています。そして、神様は監視しているというよりも、見守ってくださっているのです。

◆考えてみよう◆
1. 誰も見ていないときと、見られている時で、自分はどう違うだろう?

2. 神様がずっと見ているっていうのは、監視されてるって感じる?それとも見守ってくれていると感じる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがいつでも見守っていてくださる事を感謝します。人には見えない所でも、良い行ないをしていくことが出来るように力を与えてください。悪い事はすぐにやめて、それ以上ひどくならないようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様はいつでも見守ってるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月18日月曜日

なぜ顔を伏せるの?

おはよう!昨日は市長旗杯栄区優勝おめでとう!!いやあ、完璧な勝利だったね!何よりも嬉しいのは、久々の出場の山元大地君の活躍でチームが一つになれたこと。本当に爽やかな気持ちで帰って来る事ができました。応援のみんなも含めて、本当にありがとう。次に向けてまた頑張ろうね!!

◆今日の聖書◆
だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。(創世記4:5)

◆どういうこと?◆
友達が評価されているのに、自分はちっとも評価されてないなーって感じるときってあるよね。そういう時、みんなだったらどういう態度をとる?カインは、弟アベルが評価されてるのに自分は評価されないので、ひどく怒り、顔を伏せ、目を合わせようとしませんでした。

話している相手に対して顔を伏せるというのは、たいてい心に不満や疑いや反抗がある時の態度です。そして、そういう人は、聞く耳を持つことができなくなってしまっています。自分の怒りや自分の主張で心も頭もいっぱいになっていて、何を言っても効き目がありません。自分が正しいと思い込んでいるからです。そういう態度は、事態を悪化させるだけで、自分にとっては何のプラスにもなりません。

もし本当に自分が正しいのだったら、カインは神様に直接「なぜ私のささげ物には目を留めてくれないのですか?」と聞くことも出来たはずだよね。同じように、何か心にすっきりしない気持ちが溜まっているのだったら、実際に話してみるべきです。顔をそむけてばかりでは、何にもなりません。

たとえ不満があっても、反抗的な態度をとるのは良くありません。反対に、素直な心で素直に聞く耳を持ってさえいれば、それが態度にも表れ、それを続けていれば必ず自分も評価される時が来るのです。

◆考えてみよう◆
1.自分はどんな時に反抗的な態度をとってしまうだろう。

2.目上の人に対して不満を感じた時、どうするべきだろう。それは、難しい事かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも正しい態度をとる事が出来るようにさせてください。不満を感じたときでも、素直な心で聴く耳を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン」


さあ顔をあげて、がんばろう!
Vamos Esperanza
チャプレン佐藤

2010年10月17日日曜日

気持ちが大事

おはよう!U-14リーグ優勝おめでとう!よく頑張ったね!!
さあ今日は、市長旗杯決勝です。気合いを入れて頑張ろう!!

◆今日の聖書◆
アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。ある時期になって、カインは、地の作物から主へのささげ物を持って来たが、アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。主はアベルとそのささげ物とに目を留められた。(創世記4:2-4)

◆どういうこと?◆
サッカーの練習をする時、大きく分けて2つのタイプの人がいます。1番目は、とにかく言われた事はやるんだけど、ただ形だけやっている人。そして2番目は、たとえそれがどんなに単純な練習であっても、いつでも意識を高くもってやっている人です。確かにどちらも同じ事をしたかも知れません。でも、当然その練習の結果がどうなるかは明らかです。

同じ事は、すべての面において言えます。ボクたちは、ただ何となく無難に、形だけの人生を過ごす事もできます。でも、いつでも最高のものを求めて努力をする生き方もできます。そして、それを選ぶのは自分自身なのです。もし、充実した有意義な人生を送りたいと思うなら、いつでも最善を求めて努力すべきです。なぜならボクたちは、偶然に生きているのではなく、目的を持ってつくられたから存在だからです。

神様は、アベルのささげ物を評価しました。なぜなら、その気持ちが素晴らしかったからです。

ボクたちに出来るのは、人生を最高に生きるために、何事にも一生懸命取り組むことです。それこそが、ボクたちにとっての神様へのささげものです。そして神様は、いつでもボクたちの最高のささげものに目を留めてくれるのです。

やっぱり「気持ち」だね。

◆考えてみよう◆
1. サッカーで単純な練習をするとき、いつでも高い意識で出来ているかな?

2. サッカー以外をするとき、みんなの気持ちはどうかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな時でも100%の気持ちで取り組むことが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

気持ち出して戦うぞ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月16日土曜日

心配事を聞いてもらおう

おはよう!今日はU-14リーグの最終戦だね!ベストを尽くして、絶対優勝しよう!!

◆今日の聖書◆
私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。(詩篇3:4-5)

◆どういうこと?◆
何かが心配で、夜も眠れないって経験したことある?友達との関係がぎくしゃくして、イッパイイッパイで何をやっても集中出来ないってことはないかな?
ボクたちは、実は自分で思うよりも結構デリケートで傷付きやすい存在なのです。たった一つの心配事に自分の生活のすべてが支配されて、何をやってもうまくいかなくなってしまうことがあるのです。

そういう時、みんなだったらどうする?

おすすめは、誰か信頼出来る人に、その悩みをまじめに聞いてもらうことです。信頼出来る人っていうのは、ある人にとっては親かもしれないし、コーチや先生かもしれない。兄弟かもしれないし、友達かもしれない。でも、たとえそれが誰であったとしても、もし本当に自分の心配事をきちんと聞いてもらう事が出来たら、何だかそれだけで心が軽くなります。

今日の聖書の箇所は、「主」つまり神様に対して悩みを告白した人の詩です。彼は、心配事を神様に全部打ち明けた時、もうそれだけで安心して眠れるというのです。人に対して話をしても心が軽くなるのだから、相手が神様ならそれ以上です。それに人間は、どんなに信頼出来る人であっても不完全です。でも神様は完全です。神様は全世界を造られた方です。そしてボクたちの事を一番よく知っています。この神様が、ボクたちの叫びを聞いてくれるだけでなく、ちゃんと応えてくださり、支えてくださるのです。

神様がボクたちの味方です。だから、恐れることはありません。何かあったら、今度は神様に祈ってみよう。神様は必ずそれを受け止めてくれるはずです!

◆考えてみよう◆
今、自分では手に負えないほど大きな悩みはないかな?今までに、そういう経験をしたことは?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたはボクのどんな悩みでも聞いてくれる方です。今、ボクの心配事をすべてあなたにお任せします。どうか、寝るときも起きている時も、何をやるにも安心して、のびのびと行なう事が出来るように支えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


心配しなくていいよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月15日金曜日

あたたかく包む

おはよう!今日は金曜日。今週、あと一日だけ学校がんばろうね!(笑)

◆今日の聖書◆
神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。(創世記3:21)
わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。(ヨシュア1:5)

◆どういうこと?◆
人は神様にそむいてしまいました。そして、神様からかくれたり、人のせいにしたりしました。その結果彼らは「エデンの園」という楽園から追放され、本来の祝福を体験できなくなってしまいました。でも、神様はどんな状況になったとしても、決して人を見捨てたりはしません。どんな時にもボクたちの必要に目を留めて、その両手を広げてあたたかく包んでくださる方なのです。たとえそれが、ボクたちの側の失敗だったとしても。

神様は、裸であるアダムとエバのために、他の動物の命を身代わりとし、その皮をはいで衣服を作り、彼らに与えました。同じように神様は、ボクたちの罪の身代わりとして、イエス・キリストを十字架につけてくださいました。それは、ボクたちがゆるされ、もう一度祝福の道を歩む事ができるようにするためです。

十字架は、神様の愛のシンボルです。神を信じる者は、十字架を見上げるとき、自分自身の罪深さと同時に、神様の愛の大きさを思い起こすのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、十字架の愛を感謝します。あなたはボクがどんなに取り返しのつかない罪を犯したとしても、決して見捨てないと約束してくれました。この大きなあたたかい愛を、いつも思い起こすことが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン。」


今日も神様の愛に守られて過ごせますように!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月14日木曜日

人のせいにしない

おはよう!
今日も元気にガンバロー!!

◆今日の聖書◆
人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」そこで、神である主は女に仰せられた。「あなたは、いったいなんということをしたのか。」女は答えた。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」(創世記3:12-13)

◆どういうこと?◆
「なんでこんなことしたんだ!!」とか言われると、ついつい「いや、アイツがやれって言ったから・・・」とか、すぐに人のせいにして言い訳していませんか?これこそが罪深い人間のリアクションの一つ、「責任転嫁(せきにんてんか)」です。

男は、自分が命令を破ったのを「この女のせいだ!」と言いました。そして、女は「へびが悪いのよ!へびが!」と言いました。へびは・・・手も足も出ない・・・!いや、まだ人のせいにしなかっただけへびの方がましかもしれません。

確かに、「この女が言ったから」とか「へびが惑わした」というのは、その通りでしょう。でも、最終的にそれを行なったの自分です。誰かがやったから自分がやったというのは理由になりません。一つ一つの自分の行動には、自分が責任をもたなければならないし、何か失敗をしたら、自分でそれを受け止めなければなりません。それこそが、「男らしい」態度なのです。

確かに、「あいつがやれって言った!」のもきっと事実なのでしょう。そういう意味で、言い分はあるかもしれません。しかし、その結果、やるべきでないことを選び取ったのは自分なのです。人のせいにして逃げてばかりいるのは、そろそろやめにしませんか?

◆考えてみよう◆
自分は人のせいにして、逃げてばかりはいませんか?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、もっと男らしく、自分自身に責任をもって行動することが出来るようにさせてください。自分で受け止めるべき事は、逃げずにしっかりと受け止めることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


男らしくなろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月13日水曜日

かくさないで生きよう

おはよう!昨日の日本vs韓国戦は無得点だったけど、最後まで気の抜けない試合だったね。
さて、今日は世界の始まりのストーリーに戻ります。

◆今日の聖書◆
そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」(創世記3:8-9)

◆どういうこと?◆
みんな、今までに何か悪い事をしたはある?人はそういう時、昔から共通の反応をしてきたようです。それは「かくれる」ということです。

かくれたり、かくしたりするってことは、自分が何か悪い事をしたんだという自覚があるってことだよね?だけど、もしそれをかくすなら、もう一つ悪い事を重ねてしまうことになります。そして、バレるかもしれない、見つかるかもしれないと思いながらビクビクと生活して、本来のいきいきとした自由な生活ができなくなってしまうのです。

でも聖書の別の箇所にはこのように書いてあります。
「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」(1ヨハネ1:9)

もしボクたちが罪を犯しても、それをちゃんと自分で認めて言い表すなら、神様はゆるしてくれます。実は、それが一番勇気のいることなのです。でも、その告白さえあれば、神様はボクたちを悪からきよめてくれます。
ゆるされているという実感なしに、人は自由に生活することが出来ないのです。

◆考えてみよう◆
1. 今、何か隠していることはないかな?それが原因で心がすっきりしないことはないかな?

2. みんなだったら、何か失敗したり、悪い事をしてしまった時は、どうする?どうしたらいいと思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがすべての罪をゆるしてくださることを感謝します。もう、かくれたり、かくしたりしないで正々堂々と生きる事ができるように力を与えてください。そして、失敗したり悪い事をしてしまった時でも、勇気を出してそれを告白することが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

今日もすっきり歩もう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月12日火曜日

誘惑のささやき

おはよう!昨日はきっちりと勝つ事ができたね。おめでとう!最後のトーナメントだから、悔いの残らないように頑張ろうね!

◆今日の聖書◆
そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べる時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするという木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。(創世記3:4-6)

◆どういうこと?◆
悪魔は実にずる賢い存在です。そして、ちょっと油断するとすぐにボクたちの心にささやいてきます。それも、みんなが気がつかないように、実に巧妙に語りかけてくるのです。「それくらい大丈夫だよ。絶対死んだりしないよ。いや、むしろそっちの方が楽しいんだぜ。神はいろんな規則でお前をしばりつけようとしているだけなんだぜ・・・。」

みんなは、そんな風に誘惑を受けたことはありませんか?ある時は友達を通して。ある時はテレビや映画を通して。もちろん、友達もテレビも映画も、悪魔ではありません。しかし、そんな身近な存在すら巧みに利用して、悪魔はみんなをだまそうとするのです。

そもそも、神様が人類に与えられた命令は、たった一つだけの簡単なものでした。しかし、一番始めの人間であるアダムとエバは、まんまと悪魔のささやきに引っかかってしまい、そのたった一つの命令を破ってしまいました。それから後の人類の様々な悲劇は、すべてそこからスタートしたのです。

◆考えてみよう◆
自分では正しくないと思うのに、友達やグループの仲間から悪いプレッシャーを感じることはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、毎日たくさんの誘惑やプレッシャーがあります。どうか正しいことを選び取り、神様の守りの中で自由に過ごす事ができるように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


今日も守られますように!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月11日月曜日

敵がふえても

おはよう!昨日は雨で市長旗杯は中止だったけど、ちゃんと調整もできて良かったね!さあ、今日は本番です!

◆今日の聖書◆
主よ。なんと私の敵がふえてきたことでしょう。私に立ち向かう者が多くいます。・・・しかし、主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。(詩篇3:1,3,4)

◆どういうこと?◆
みんなにとって、敵ってどんな存在かな?みんなが一生懸命努力していることを台無しにするような人のことかな?嫌がらせや邪魔をしたり、やる気をなくさせたりするような人の事かな?実際に誰かが敵のこともあるだろうけど、実は神の前に正しく生きようとするときは、敵は自分の中に存在する事もたくさんあります。

神様は、ボクたちの敵がどんなに多くても、私の回りを取り囲んで守ってくださり、私たちの求めに答えてくださるお方です。私たちに立ち向かう敵に立ち向かう一番の方法は、声をあげて主に求めることです。つまり、祈る事です。

◆考えてみよう◆
1. 君にとって、敵とはどんな存在?

2. ボクの中に敵がいるとしたら、それは何かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんなに敵が増えてきても、私を守ってくださることを感謝します。どうか、あなたに従う人生を送る事ができるように、助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」


それじゃあ、頑張って!!
Vamos Esperanza!

2010年10月10日日曜日

成功する人生

おはよう!今日は市長旗杯の初戦だね!落ち着いて、持っている力を出し切って頑張ろう!

◆聖書箇所◆
幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。(詩篇1:1-3)

◆どういうこと?◆
ボクたちの周りには、いろいろな悪の誘惑があります。一度悪の世界に足を踏み入れると、それからずるずると抜け出せなくなってしまいます。初めは単なる好奇心なのかもしれません。しかし、どこかで人生の歯車を狂わせ、結局は自分自身の人生をダメにしてしまうのです。

反対に「何をしても成功する人生」を送る秘訣があります。それは「主のおしえを喜びとする」ことです。つまり、聖書のことばに親しみ、心にたくわえることを通して、悪に打ち勝つのです。神様のことばは、勝利です。神様のことばは、ボクたちに正しいことを選ぶ勇気と力を与えてくれるのです。

そういう人は、何をしても栄えるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、悪の誘惑に打ち勝つことが出来るように、助けて下さい。正しいことを選ぶことができる勇気と力をあたえてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

今日も勝利だ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月9日土曜日

自由とルール

おはよう!日本代表が勝ったね〜!!ワールドカップを終えて、日本はすごく自信をもってプレイするようになったと思います。ボクたちも、世界を目指して頑張ろう!

◆今日の聖書◆
神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2:16-17)

◆どういうこと?◆
ルールのないサッカーって、面白いと思う?手を使っても良い、人を殴っても良い、ピッチもゴールも決まってない。・・・それじゃぁ、絶対に楽しいはずがないよね。サッカーは、ルールがあるからこそ自由にプレイする事ができるし、目的があって、楽しいんだ。
でも実は、サッカーもその起源をたどると、ほとんどルールのないものだったらしい。でも、それでは危ないし、楽しむ事が出来ないということで、統一ルールを定めて行なわれるようになったんだ。それで、皆が自由に楽しめるようになった。

それと同じように、人生にもルールがある。ボクたちを造った神様が定めたルールだ。初めはたった一つのルールだったんだ。ルールや規則があると、破りたくなってしまうのが人間の弱さ。でも、ルールというのは本来、人を守るためにあるものなんだ。

◆考えてみよう◆
君にとってルールとは、自分をしばるものかな?それとも自由にするものかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、本当の自由とは何かを教えて下さい。そして人生を最高に楽しむ事ができるようにさせてください。ルールは自分のためにあるのだという事を、はっきりと分かるようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


今日も頑張ろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月8日金曜日

いのちの息

おはよう!今日は、日本対アルゼンチン戦があるね!大切な試合なので、練習も休みになりました。みんな、しっかりと見て学ぼう!

◆今日の聖書◆
神である主は土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。(創世記2:7)

◆どういうこと?◆
人間も動物も、死んだら土に帰っていきます。人間や動物を構成している成分は、もともと地上にある「ちり」と変わりありません。そういう意味では、動物も人間も同じです。

でも神様は、人間を特別な存在として造りました。神様は、人間だけに「いのちの息」を吹き込まれたのです。これは「霊」とも呼ばれます。「霊」とは、神様のことを感じる事ができる部分です。
サルがどんなに賢くなったとしても、世界中どこを捜しても、サルが集まって神を礼拝している姿を見ることはできません。逆に人間は、どんな時代でも、どんな未開の土地でも、必ず何らかの神を、何らかの形で礼拝しています。それは、人間だけに「いのちの息」が吹き込まれている証拠です。

神様を礼拝することは、すべての人間の造られた目的のひとつなのです。


◆考えてみよう◆
1. 自分の中には、神様の存在を感じる事ができる「霊」があるかな?

2. 神を礼拝するって、どいういうことだろう。


◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたを礼拝します。造られた目的にしたがって自分らしく生きていくために、あなたの事をもっとよく知る事ができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」

◆特別に祈ろう◆
「神様、今日はNOBUがU-17日本代表のテストにチャレンジします。今までの学んできたことを出し切って、悔いのないプレイをすることが出来る様に助けてください。必要以上に緊張することなく、自分のやるべき事に集中できるようにさせてください。そして、必ず代表の座をもぎとることができるますように!信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン!」

NOBUがんばってね!!
ボクたち皆もがんばろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月7日木曜日

非常に良かった

おはよう!そろそろ慣れてきたかな?

◆今日の聖書◆
神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。(創世記1:31)

◆どういうこと?◆
神様がすべてのものを造り終え、あらためてそれらすべてを見た時の感想は「非常に良かった」ということ。この世界の全てのものは、本来すべて良いものなのです。
ボクたち人間も、神様によって造られた。だから、本来人間も「非常に良い」存在だし、神様はボクたちのことをそのように見て下さっています。

誰だって「良い」って評価をされると嬉しいよね。オルテガさんに「うまーい!ムイ・ビエン!」って褒められればすごく嬉しい。
でも神様が「良い」と言っているのは、何かをうまく出来たかとか、逆に出来なかったとかに関係なく「良い」と言ってくれているんだ。

ボクたちの存在そのものが素晴らしい。誰ひとり、失敗作なんてない。
だから、ビクビクする必要はない。自信を持って、自分らしく歩めばいい。
神様はどんな時でもボクたちが「非常に良い」存在だってことを知っていてくれるのだから。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクのことを『非常に良い』と言ってくださり、感謝します。その言葉を信じて、自信を持って過ごせるようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン」

自信もって頑張ろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月6日水曜日

神のかたちに造られた

おはようございます!

◆今日の聖書◆
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。(創世記1:27)

◆どういうこと?◆
人間は、神様の性質に似た者として造られました。ですから、神様の事を知れば知るほど、人間が本来どういう存在であるのかが分かってきます。

神様の一番の特徴は、天地を造られた創造主であるということです。人間には、他の動物にはない「創造力」が備わっています。創意工夫を重ね、小さくて高性能なゲーム機を作ったり、かっこいい携帯電話を作ったりして、新しい文化や文明を作り出すことができます。何か問題があったときには、一生懸命考えて、解決することができます。

神様がどのような方であるのかを知れば知るほど、自分の目的が見えてきます。生きがいが沸いてきます。この世界で輝いて生きていくための秘訣は、この神様のことを良く知ることに尽きます。

◆考えてみよう◆
神様ってどんな方だと思う?


◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたの事をもっとたくさん知ることが出来るようにしてください。ボクが生きている目的が分かるようにさせてくだい。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」

神様の守りがありますように。
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月5日火曜日

光があれ!

おはよう!今日は昨日の続きのことばです。

◆今日の聖書◆
神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。(創世記1:3)

◆どういうこと?◆
神様が全世界を造られた時、神様は「ことば」を用いました。神様のことばには力があります。何もない所から、新しい物を生み出す事ができるのです。神様にとって、不可能はありません。

この神様は、ボクたちの心にも「光があれ」と命じています。今、何かの理由で心が重たかったり、悩んでいたりしている人はいるかもしれませんね。神様はそのような状況にも、必ず光を与えてくださると信じましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
神様の力を求めて、ひとこと祈ってみよう。
「神様、ボクは今、○○で悩んでいます。でも、あなたは必ず解決を与えてくださると信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」


それでは、よい一日を!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月4日月曜日

はじめに神が

おはようございます!
今日は初めてのメール配信なので、聖書の一番はじめの箇所を送ります。

◆今日の聖書◆
初めに、神が天と地を創造した。(創世記1:1)

◆どういうこと?◆
永遠のベストセラーと言われている聖書は、この衝撃的なことばから始まります。
この世界中のすべてのものは、神様によって造られた。海も山も動物も植物もすべては神様がつくったもの。
この世界は、偶然に出来たものではない。ボクたち人間は、アメーバやサルから偶然に進化して生まれて来たんじゃない。
ボクたち人間は、神様によって、目的をもって造られた存在なんだ。

◆考えてみよう◆
1. 神が人間をつくった?それとも人間はサルから進化したのかな?

2. ボクたちの人生には、意味や目的はあるのかな?


今日も一日頑張ろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤