2017年9月30日土曜日

信頼し続ける

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。(マタイ16:18)

◆どういうこと?◆
どれだけ頑張っていても、思いがけない事はあります。中には正しい事をしても否定されてしまう事もあります。

この様な時僕たちの心は大きくゆさぶられていないでしょうか?忘れてはいけない事は、神様の道は簡単ではなく、むしろ試練が多くある事。なぜなら僕たちを喜ばない存在(悪)が妨げようとするからです。悪は僕たちの弱い部分をついて邪魔をします。だから進もうとすればするほど攻撃を受けるのです。

でも神様を信頼して歩むなら、どの様な試練や悪の攻撃であっても、神様によって乗り越えられます。どんな時も気を抜かず、神様の道をまっすぐ進んでいこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつも神様の道を進めるように、守ってください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月29日金曜日

決して目を離さない

おはようございます!

◆今日の聖書◆
兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえられたことなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです。(ピリピ3:13-14)

◆どういうこと?◆
みんなは目標が見えていますか? この目標とは昇格、優勝のように目先にあるものではなく、もっと先にある人生の目標です。そのゴールを見えていますか?

この先で多くの困難や失敗を経験するでしょう。苦しい時を乗り越えるには将来に向けた希望を持っていることが欠かせません。

その希望とは神様です。聖書は神様を信じ続ける時に決して希望を失う事がないと約束しています。どんな状況でも神様から目を離さないようにしましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、願いが一致しているか確認し、希望を持ち続けていけるようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月28日木曜日

武具を身につける

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。(エペソ6:13)

◆どういうこと?◆
キーパーにとってキーパーグローブは無くてはならない存在です。無ければ手にケガをしてしまうでしょう。

今日の箇所は戦いを前にした戦士の話しです。悪はちょっとでも隙を見せると誘惑や不信、高慢など弱さをつかって攻撃します。

攻撃に対抗するには、キーパーグローブのように武具が必要です。 聖書はその武具が神様の言葉であり、信じる心、真実、正義だと語っています。僕たちも神様の武具を身につけて、戦いに勝利していこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、攻撃に負けないように、神様の武具を身につけさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月27日水曜日

ひとつのからだ

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ですから、ちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。(第一コリント12:12)

◆どういうこと?◆
チームにいる人はそれぞれ役割があります。試合に勝利するには、一人ひとりが自分の役割をきちんと実行する事が欠かせません。

しかし、試合中ずっと一人だけが自分勝手に動いてもダメです。どこかに問題が起きて機能しなくなると、バランスがくずれ修正が必要になるからです。

だからいつも自分の役割をただ実行するだけではなくみんなにも目をくばりましょう。そして、仲間に問題があるなら、見過ごさず、乗り越えられるように励ましあいましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、一つの体として、自分だけではなく、みんなの事にも目をむけて目標に進ませてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月26日火曜日

人格を成長させよう

おはようございます!

◆今日の聖書◆
それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。(コロサイ3:12)

◆どういうこと?◆
優秀なプロ選手になるには、サッカーの技術だけではなく、人格も成長していなくてはいけません。そして、チームや周囲に良い影響を与えられる人はどこにあっても求められる人材となります。

聖書には、僕たちが持つべき人格の要素を教えています。意味なくボールを蹴ってうまくならないように、これらの要素も自分で意識しなければ身につきません。

本当に上を目指す気持ちがあるなら、今から意識を変えていきましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ふさわしい者になれるよう変えさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月25日月曜日

心配よりすべき事

おはようございます!

◆今日の聖書◆
あなたがたのうちのだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。(ルカ12:25)

◆どういうこと?◆
事故など予想できない出来事でいのちを失ってしまう事はあります。この様ににどんなに自分のいのちを延ばそうと運動したり、健康に気を使っていても完全に自分のいのちをコントロールする事は誰にもできません。

聖書は、どうにもできない心配をする事は限りの無く、結論がでない事であり、それよりもっと大事な事があると教えています。 その大事な事とは神様に焦点をあてて生きることです。

神様は力であり、道を示してくれるので、この先をどう生きるとか、何年生きるかを心配する必要がありません。そればかりかより素晴らしい人生を与えてくれるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、不安や心配事もあるけど、全部を神様に委ねて一日を歩めます様に。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月24日日曜日

神様が選ばれた者だから

おはようございます!

◆今日の聖書◆
このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。(ルカ6:12-13)

◆どういうこと?◆
今日の聖書は、イエスが十二人の弟子を任命した時の出来事です。この時選ばれた十二人の弟子によって世界に神様の事が宣べ伝えられていきます。

弟子たちは皆優秀ではありません。しかし、神様がイエスを通して計画を達成するためにふさわしい者を選んだのです。

同じように神様は神様のすばらしさをあらわしていくものとして僕たちを選んでくれました。僕たちは完璧ではありません。しかし、不可能を可能にされる神様が力を与え、僕たちを通して目的を果たしていくのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、僕たちを選んでくれてありがとう。神様のすばらしさがあらわれますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月23日土曜日

もっと活かしていこう

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ところが、主人は彼に答えて言った。「悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。」(マタイ25:26)

◆どういうこと?◆
主人はこのしもべがお金を管理して増やせる力がある事を知っていました。でもしもべは失敗を恐れてお金を隠してしまったのです。その結果、主人はしもべから土地と資金を没収するという残念な結果になりました。

僕たちにはひとり一人素晴らしい才能や性格が与えられています。でもそれを神様のために活かさないなら、このしもべと同じなのです。

神様は活かす人にさらに与えます。みんなはどうですか?良いしもべのように、与えられているものを倍にしていきましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、与えられているものをもっと活かしていけるようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月22日金曜日

ためしてみよ

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ー万軍の主は仰せられる。ーわたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。(マラキ3:10)

◆どういうこと?◆
神様は祝福するかどうかを試してみよと、挑戦的なことばで僕たちに語りかけています。 でも実際に挑戦させようとしているのではなく、神様を信頼して進もうか迷っている人々へ信頼して一歩前に進み出て欲しいというメッセージでもあるのです。

神様はご自分の語る事を曲げません。だからこの様に力強く試してみなさいと僕たちに語っています。 もしこの神様を信じて一歩進み出て信頼して求めるなら、神様は祝福すると約束しています。

みんなはどうですか?この祝福を手に入れてますか?もしまだなら一歩進み出よう。そしてすでに信じているならもっと素直に求めていこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、祝福するという言葉を信じてあなたを信頼します。僕をあなたの力で満たしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月21日木曜日

学び、実行する

おはようございます!

◆今日の聖書◆
聞きなさい。イスラエルよ。きょう、私があなたがたの耳に語るおきてと定めとを。これを学び、守り行いなさい。(申命記5:1)

◆どういうこと?◆
聖書はただ読むだけでは意味がありません。 自分の事として受けとめ、実行していく事ではじめて意味を持ちます。

聖書はただ聞くだけで、心で全く理解していない人たちが多く登場しています。彼らは話を聞かないばかりか、神様の敵となっていきました。 同様に僕たちも、もし中途半端にただ読むだけで、心で受け止めないで真剣に考えないなら、祝福を逃してしまう事になります。

だからこれからは聖書のことばをしっかり受け止め実行していこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、もっと真剣に聖書のことばを受け止め、実行する行動力を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月20日水曜日

知恵ある人になる

おはようございます!

◆今日の聖書◆
知恵は真珠にまさり、どんな喜びも、これには比べられないからだ。(箴言8:11)

◆どういうこと?◆
知恵はただ頭の良い人を指しているわけではありません。知恵のある人と頭の良い人はどこが違うのでしょうか?

知恵は物事が何かをきちんと理解し、判断して処理をする能力。頭が良いは一般的に情報を沢山もっていたり、物事を客観的に見て、すばやく判断する能力です。

しかし聖書は目に見えるもので生きる意味を満たすことができないと語っています。 充実したサッカー人生を歩みたいなら、情報だけにとらわれず、生きる上で本当に大事なものが何かを理解していこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、目に見える部分だけで満足しないでもっと神様を理解できるように知恵を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月19日火曜日

罪人

おはようございます!

◆今日の聖書◆
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。(第一テモテ1:15)

◆どういうこと?◆
僕たちは皆罪人です。?何も犯罪をしていないから違うと思うかもしれません。でも聖書にははっきりと人は皆罪人であるとあります。

僕たちは例外であるとは決して書いていません。では何が罪なのでしょうか?それは僕たちは神様を知らないで歩んできたことです。罪は的外れ、つまり目標から外れているという意味です。

本来の歩むべき道から離れ、神様を無視し、自分の好きなように歩んでいる事が罪なのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、罪人の道を僕が歩まないように、イエスの十字架によって救ってください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月18日月曜日

にせものから離れよう

おはようございます!

◆今日の聖書◆
人々は彼の面前で、バアルの祭壇を取りこわした。彼は、その上にあった香の台を切り倒し、アシェラ像と刻んだ像と鋳物の像をうちこわし、粉々に砕いて、これらのいけにえをささげた者たちの墓の上にまき散らした。(第二歴代34:4)

◆どういうこと?◆
聖書は人や物がどんなに努力しても神になる事はないとあります。それは先祖も同じで亡くなったら神様と同じ力を持つ、守る存在となることはできないのです。

神社やお寺も同じ。建物には色々な神がいたり、お守りがあるでしょう。聖書ではこれらはにせものの神であり、何もする事のできない存在とはっきり語っています。

本物の神様はにせものの神を一切認めず、にせものと一緒にされる事を嫌います。だからにせものと本物の神様を一緒にしないように気をつけましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、にせものの神についていく事がないように守ってください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月17日日曜日

聞いて行動にうつそう

おはようございます!

◆今日の聖書◆
私たちの間でキリストのためになされているすべての良い行いをよく知ることによって、あなたの信仰の交わりが生きて働くものとなりますように。(ピレモン6)

◆どういうこと?◆
聖書のことばは、ただ読んで自分の心にとめておくだけでは、財産を隠して一生使わないまま生涯を終えてしまうのと同じです。

自分の生活に適応してはじめて意味のあるものとなるのです。

僕たちは毎日のように会っていますが、お互いに実行することで、さらに成長していけるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつも聖書のことばをありがとう。これからはもっと神様の事をみんなで行動にうつせるようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月16日土曜日

無駄にはならない

おはようざいます!

◆今日の聖書◆
神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(第一コリント15:10)

◆どういうこと?◆
神様はどんな苦しい状況や試練にあっても神様のために歩もうとする人々を喜び、多くの祝福を与えてくれます。

そして、その道を確かなものとしてくださるのです。これは単にサッカーの話しだけではありません。サッカーだけではなく、その人の人生すべてにおいて祝福し、恵みを与えてくれるのです。

だからもっと神様に感謝して、これからも期待していこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、たくさんの祝福をありがとう。これからも神様を見上げていけるよう導いてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月15日金曜日

うわさをやめる

おはようざいます!

◆今日の聖書◆
そして群衆の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。「良い人だ」と言う者もあり、「違う。群衆を惑わしているのだ」と言う者もいた。(ヨハネ7:12)

◆どういうこと?◆
エルサレムの民はウワサにまどわされ、イエスを十字架にかける大きな罪しました。このように人はウワサが大好きで、そのような話があると大きくなっていき、真実が見えなくなってしまいます。

僕たちも楽しいからとふざけて友達のウワサをしていませんか?また本当の事を知らないのに、話を大きくしていませんか?そのような人は良い影響を与える人ではなく、僕たちがあるべき姿ではありません。

もし自分がウワサやうそを繰り返しているなら、直ちにやめましょう。そして、その被害にあっている人がいるならあやまるのです。僕たちのあるべき姿は周囲に良い影響を与える人です。真実を話し、違いに励まし合う仲間になっていきましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ウワサをやめて励ましあう者にさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月14日木曜日

誘惑に負けない

おはようざいます!

◆今日の聖書◆
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。(第一コリント6:20)

◆どういうこと?◆
ドーピングは薬物によって筋肉を大きくしたり、興奮させたりする事で、現代のスポーツでは違反な行為です。

なぜ違反なのに薬物にはまるのでしょうか?これは敗北に対する不安、恐れが原因と言われています。その不安を取り除くため、違反と分かっていても続けてしまうのです。

イエスは十字架にかかる時、一切の誘惑を断ち切って僕たちのために死なれました。それは僕たちが誘惑に負けて、道から外れないようにするためなのです。だからイエスを思い出して、神様に栄光をあらわしながらまっすぐに道を進んでいこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、誘惑に負けて、目標を失わないように支えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月13日水曜日

目を離さない

おはようざいます!

◆今日の聖書◆
信仰の創設者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。(ヘブル12:2)

◆どういうこと?◆
目標に向かう時、状況を楽にしようとする事はよくあります。しかし、それは決して手を抜く事ではありません。

勝利は価値があるものです。でもそれは全力で取り組む中で、つかみとる証だから価値があるのです。これは僕たちの歩みと同じ。たとえ誰も見ていなくても、いつも目標を神様に向けて全力で進む時、僕たちの歩みは価値があるのです。

だからどんな状況でも逃げずに、全力で乗り越えていく人を目指していこう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、苦しい事は沢山あるけど、いつも全力で取り組んでいけるように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月11日月曜日

おしゃれのためではない

おはようございます!

◆今日の聖書◆
私は、キリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きているのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。(ガラテヤ2:20)

◆どういうこと?◆
十字架をファッションとしてつけている人がいます。 でもこの十字架はおしゃれ感覚で着けるものではないのです。

十字架は最悪な処刑方法のひとつと言われています。手足の釘は手首の骨と骨の間に打たれ、あらゆる脈や神経を無視しているため激痛が走ります。そして立たせた際の衝撃は釘の4点にかかり、肩が脱臼し、呼吸が困難になります。この苦しみは1日以上続くのです。

十字架はファッションではありません。むしろ痛みを覚えイエスがどれだけのことをしてくれたのかを覚えるものなのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、僕たちのためにイエスが十字架にかかってくれてありがとう。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」Vamos Esperanza!

2017年9月10日日曜日

折れない心

おはようございます!

◆今日の聖書◆
「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」(第一サムエル16:7)

◆どういうこと?◆
身体の大きな人は雰囲気だけで強く見えるところがあります。 確かに有利な点があるかもしれません。人は外見だけでイメージを作ってしまうのです。

でも外見だけで本当にその人の全てが見えてくるのでしょうか?そんな事はありません。 性格など精神的な部分など、内面は十分に出てこないからです。

本当の強さはどれだけ内面が強いかによります。最後まであきらめず戦い、折れない心。やるべき事をしっかりやりとげようとする心。重要なのは神様を本気で信頼しているかです。信頼して歩む人は、神様から最後まで戦い抜く強さを与えられるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、神様の事を本気で信頼し歩ませてださい。折れない心の強さを与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月9日土曜日

他の人にもする

おはようございます!

◆今日の聖書◆
それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。(マタイ7:12)

◆どういうこと?◆
誰でも自分のやってもらいたい事を伝えたいと思う気持ちを持っています。 でもそう思って周囲の人にやってもらっても、自分は他人にやってあげない場合が多かったりします。

みんなはどうですか?家族にいつも洗濯や食事を任せ、自分はゲームやテレビばかりしていたりしませんか? 自分にしてもらいたい事は、他人にとっても嬉しい、助かる事です。

この事を普段からやっていく時、その行動は自然と身につきます。その積み重ねによって、自分自身を喜ばせるだけではなく、周りの人を喜ばせる=周りに良い影響を与えられる人へと成長していけるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、周りに良い影響を与えていける人になれるように、まず自分のしてもらいたい事を他人にやっていけるようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月8日金曜日

勝利をつかめ

おはようございます!

◆今日の聖書◆
私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。(第一ヨハネ5:4-5)

◆どういうこと?◆
自由が増えると、その分戦わなければならない誘惑も多くなります。毎日の生活でその誘惑に対し小さな敗北を繰り返して行くと、目標達成を妨げてしまう事になるでしょう。

実際、人生は毎日が戦いです。この世の戦いに打ち勝って歩むには、僕たちのために十字架にかかって死んでくださったイエスを信じることが必要です。

なぜなら僕たちはどんなに頑張っても完璧にはなれず、限界があるからです。自分がどんなに弱くても、一番強い方が支えてくれる。その事をしっかりと心に刻みながら、毎日を歩みだすなら誘惑と戦う事が出来、目標に向かって突き進めるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、勝利の人生を歩めるように、イエスの十字架を心に刻みながら今日も過ごさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月6日水曜日

本物の友達を持とう

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ヨナタンの心はダビデの心に結びついた。ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛した。(第一サムエル18:1)

◆どういうこと?◆
同じ興味や情熱があり、苦楽を共にする時、僕たちの関係は深まっていきます。

ダビデとヨナタンは深い友情を築いた2人でした。誰もが神様への信仰を失いかけた時、この2人だけは最後まで神様に信頼し、お互いを励まし合いました。

皆はこのような友達を持っていますか?どんなに苦しい状況の中でも、ともに神様を見上げ、励まし合い、引き上げ合う事が出来る友達がいますか? あなた自身が、足を引っ張ろうとする存在になるのではなく、人を励まして引き上げる事が出来る存在になっていきましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、互いに引き上げ合う事が出来る、本当の友達、本物の友情を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月5日火曜日

道を進むため

おはようございます!

◆今日の聖書◆
あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。(詩篇16:11)

◆どういうこと?◆
現代はナビが発達し、道に迷う確率は減ってきました。今はこれが当たり前に感じるかもしれませんが、10年以上前はスマホは無く、地図に頼るしかありません。

この様にナビの発達で迷う事が減ってきましたが、今もナビに頼る事ができない道が存在します。それが人生です。人生は一人として同じ道はありません。

この人生を良き方向に進む支えとなるのが、神様のことばです。ことばを信頼し、歩むならその人生は確かで喜びに満ちたものとなるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、毎日の言葉を通して、僕に生きる喜びを教えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月4日月曜日

おはようございます!

◆今日の聖書◆
夏のうちに集める者は思慮深い子であり、刈り入れ時に眠る者は恥知らずの子である。(箴言10:5)

◆どういうこと?◆
みんなは公式戦が少ない期間をどう過ごしていこうと思っていますか?

農家にとって、秋の刈り入れ時は一番忙しい時期です。でも、その収穫を良いものにしていくために、土づくり、水まき、虫取りと多くのことを毎日地道にやっていく必要があります。 それらを丁寧にやっていった時、はじめて最高の収穫物ができるのです。

十代は身体や心が一番成長する時期です。だから本気でプロや社会で成功したいならこの時期を大事に過ごしましょう。そして、万引きやけんかなど、つまらない事で成長を止めることがないように気をつけていきましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、やる気の出ない時もあるけど、気をひきしめて、無駄に過ごさないよう集中させてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月3日日曜日

絶対出来る!

おはようございます!

◆今日の聖書◆
そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」(民数記13:30)

◆どういうこと?◆
新しい地の調査で12人が派遣されました。彼らが調べて帰ってくると、実り多い素晴らしい場所だが、巨人で力強い民が過ごす場所と報告しました。

彼らは「巨人が住み勝てっこない。絶対行けない!」 と言いましたが、カレブは違いました。「素晴らしい場所だ!必ず出来る!恐れちゃだめだ!」 神様はカレブの信仰と勇気に目を留めてくださったのです。

困難な状況があった時、信仰をもって前に進めますか?それとも、恐れて退く普通の人ですか? 全能の神様に信頼する時、神様は力を与え、どんな状況の中でも前を向いて歩み続けるエネルギーを与えてくださるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな困難の中でも、信じて前を向いて進む力を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月2日土曜日

勝利のため

おはようございます!

◆今日の聖書◆
何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。(ピリピ2:3-4)

◆どういうこと?◆
幼児のように、自由気ままに動いてプレーをしても、良い結果が生まれる事はありません。

チームの勝利には一人一人の「自己犠牲」が 重要となってくるのです。

他人の事を見ながら行動できる人、良さを知り、活かせる人はどこにあっても用いられる存在となります。まずは自分がやりたいプレーをする気持ちを置き、勝利のためにどう動けば良いかを考えてみましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、勝利のために、最善の行動が取れるようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」 Vamos Esperanza!

2017年9月1日金曜日

問題を認める

おはようございます。

◆今日の聖書◆
もしわたしが来て話さなかったら、彼らに罪はなかったでしょう。しかし今では、その罪について弁解の余地はありません。(ヨハネ15:22)

◆どういうこと?◆
何かミスをした時、言い訳をします。しかし、どんな理由をつけようとミスはミスであり、弁解の余地はありません。それは認める以外にないのです。

これはサッカー以外でも同じです。テストだけでなく、普段の生活の中でもミスはあるでしょう。その時に言い訳ばかりして、自分の非を認めないでいるなら、その人は成長を見込めません。なぜなら自分の問題解決に取り組もうとしていないからです。

それではどうすれば良いでしょうか?認める事が最初の一歩です。これは泣く事や後悔する事とは違います。自分のした行動に問題があった事を素直に認めるという事です。そして、同じ事を繰り返さないようにしましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、同じ問題を繰り返さないように、問題を認められる素直さを与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」Vamos Esperanza!