2010年10月31日日曜日

素直に従う

おはよう!昨日はすごい雨風だったね。洪水にならなくてよかった!!今日は、U-13Bの公式戦だね。練習試合もあるね。みんながんばってね!

◆今日の聖書◆
ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った。(創世記6:22)

◆どういうこと?◆
神様はノアに言いました。「これから大雨と洪水で人々を滅ぼすよ!あなたはわたしが命じる通り、大きな箱舟を造って入りなさい!!」

さて、もし君がノアだったら、どうする?

「え?マジっすか?っていうか、ここ山なんですけど?舟ありえなくね?チョーだりぃ・・・」って感じかな?

考えてみてください!今までにそんな洪水起きた事ないし、常識では考えられないよね?そもそも、そんなでかい舟、本当に出来るのか・・・?だいたい、地上でいきなりそんなでかい舟を誰かが造り始めたら、みんな頭がおかしくなったんじゃないかって思うよね。

でも神様は、あえてボクたちの理解を越えたことを命じることがあるんです。なぜなら、神様は将来のことも全部知っていてるからです。ボクたちには分からなくても、神様は全て知ってるんだって事だけ信じられれば、従う事ができるのです。

ノアは、そんな中でも神様のことばを信じて、言われた通りに従いました。これこそが、ノアの祝福の秘訣です。

◆考えてみよう◆
1. サッカーの面で、コーチから言われているのに素直に従えないことはないかな?それは何故だろう?

2. 常識にとらわれて「こんなことできない」って思い込んでいることはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクも素直に従う事が出来ますように。時には常識を打ち破って、大胆に信じて従う事が出来るように力をください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

素直に信じてみよう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月30日土曜日

救いの方法

おはよう!今日は、結局試合中止になっちゃったね!!台風だから、みんな吹き飛ばされないように注意してね!(洪水にならないといいんだけど笑)

◆今日の聖書◆
「あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。・・・わたしは今、いのちの息のあるすべての肉なるものを、天の下から滅ぼすために、地上の大水、大洪水を起こそうとしている。地上のすべてのものは死に絶えなければならない。しかし、わたしは、あなたと契約を結ぼう。あなたは、あなたの息子たち、あなたの妻、それにあなたの息子たちの妻といっしょに箱舟に入りなさい。」(創世記6:14,17,18)

◆どういうこと?◆
神様は、この世界を洪水で滅ぼすことを決意しました。でもノアにだけは一つの約束をしました。もしノアが神様に命じられた通りの箱舟をつくり、ノアとその家族(と動物たち)がその中に入るなら、彼らは生き延びる事ができるようになるということです。

実はこれ、神様がイエス・キリストの十字架を通してボクたちを救ってくださる方法と良く似ているんです。

イエス・キリストは、ボクたちの身代わりとなって十字架の上で死んでくださいました。それによってボクたちに愛が分かり、救いの道がひらかれたのです。イエス・キリストの十字架を信じる人は、誰でも救われます。「信じる」とは、ちょうどノアとその家族が箱舟に乗るようなものです。何も難しいことはありません。ただ信じてその通り行動するだけです。

もし、ノアやボクたちが、どんなに自分たちの力で頑張ってみても、滅びをのがれることはできません。ただ、神様が用意した道だけが唯一の救いの道なのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、イエス・キリストの十字架を通してでなければ、救いはありません。ノアが信じて箱舟に入ったように、ボクも信じて救いの道を歩めますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

十字架は救いの道です!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月29日金曜日

神様の思い

おはよう!!台風が近づいてます!でも、今日の予報は晴れ。不思議だねぇ。

◆今日の聖書◆
そこで、神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。それで今わたしは、彼らを地とともに滅ぼそうとしている。」(創世記6:13)

◆どういうこと?◆
神様は、人々が滅びに向かっているという大変な事実を、ノアにだけ教えてくれました。神様は、ノアを信頼していたのです。ノアにだったら、神様の話が真実であることがが通じると思ったからです。神様は、ノアにご自分と同じ思いを持って欲しいと考えました。

神様を信じ、神様とともに歩んでいると、この世界が今どういう状態にあるのかが分かるようになります。そして、これからどうなっていくのかが見えてきます。それは、神様がどれほど人々の悲惨な状況に痛んでいるのかということを、ボクたちにも共有して欲しいと思っておられるからです。

そして、ボクたちを通して、この世界を救いたいと願っているのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたの思いを知る事が出来るようにさせてください。信頼できる人となって、神様の心にかなって過ごす事が出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アメーン。」

心が一つになれたらいいね!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月28日木曜日

永遠の価値観

おはようございます!

◆今日の聖書◆
ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。(創世記6:9)

◆どういうこと?◆
今、みんな誰の音楽をよく聞く?・・・何?AKB48?(笑)

音楽とかファッション、それに有名人とかって、「流行」があるよね。その流行に乗らないと、バカにされたり、みんなの仲間になれなかったり。でも「流行」ってコロコロ変わるから、いつも「流行」にあわせていくのは結構大変なことです。

同じように、人間の考えや価値観もコロコロと変わります。その時代や場所によって正しさの基準さえも変化してしまうのです。

ノアは「特別な人」でした。なぜでしょう?それは、ノアが、どんなにまわりの価値観が変化しても、何が正しいことなのかを見失うことがなかったからです。

では、なぜノアは、正しいことを見失わずに歩めたのでしょうか?それは、神様とともに歩んでいたからです。

神様の基準は、永遠に変わることがありません。神様のことばにしっかりと従って歩んでいたので、ノアは自分を見失わずに堂々と歩むことができたのです。

◆考えてみよう◆
自分の価値観や考え方は、何に一番影響を受けているかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたとともに歩ませてください。どんなに周りの価値観が変化しても、正しいことを選ぶことが出来るように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

自分を見失わないでね!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月27日水曜日

特別な人

おはよう!!夜の野七里は寒いね。これからまた寒くなってくるらしいから、風邪を引かないように気をつけてね。

◆今日の聖書◆
しかし、ノアは、主の心にかなっていた。(創世記6:8)

◆どういうこと?◆
エスペランサでは「特別な人」となることが、ひとつの目標です。それは、他の人よりも偉そうにすることでも、かっこつけることでもありません。もちろん、サッカーが特別うまくなることは、重要なことですが、それが自動的にここで言う「特別な人」になる訳ではありません。

「特別な人」とは、ひとことで言えば「まわりに流されないで、正しいこと、やるべきことを選び取ることが出来る強さを持った人」のことです。

神様は「特別な人」を用います。「特別な人」は、やがてまわりの人を変え、社会を変え、時代を変えていく人となっていくのです。ノアは「特別な人」でした。この時代、ノアだけが神様の心にかなっていたのです。

でもだからと言って、ボクたちが何か「特別なこと」をしないといけないと考える必要はありません。むしろ「強い気持ち」を持って、ただ自分自身のやるべきことに集中すること。神様は、そのような人を一歩一歩導いて、豊かに用いてくださるのです。

◆考えてみよう◆
自分にとって「特別な人」になるために必要なことは何かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクも特別な人になることが出来るように導いてください。そのために、強い気持ちを与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君も特別だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月26日火曜日

叱られる時

おはようございます!

◆今日の聖書◆
そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」(創世記6:7)

◆どういうこと?◆
ある小学生がこういう風に言っていました。「うちらの担任、チョーいい先生だぜ。やさしいし、全然怒んないし。」

確かに怒らない先生は人気があるでしょう。逆に、口うるさく注意する先生はきっと、「うざい」先生ということで、避けられてしまうのかもしれません。でも、そんな中で、誰かこの子たちのために、本気で叱ってくれる先生はいないのかな・・・?と疑問に思いました。

ボクたちは何をするのも自由です。でも、間違ったことをしたらその結果に対しての責任を負わなければいけません。そして、それは誰かに教えてもらわなければ(叱られなければ)分からないのです。

神様は、苦しんだ結果、一度地上のすべての人々を消し去ることを決意しました。でも、神様は単なる「罰」を与えたのではありません。これから先、神様の壮大な計画の中で、イエス・キリストの十字架による「救い」へと導くための、大切な一歩となったのです。

◆考えてみよう◆
1. 今自分にとって、悪いことをきちっと叱ってくれる存在は誰かな?

2. それをウザイと思う?それとも感謝してる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、罪を犯してその結果として責任を負う時、そこからも学ぶことが出来るようにしてください。ボクが正しい道を選べるように、あえて叱ってくれる人を感謝し、尊敬出来るようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

感謝して歩もう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月25日月曜日

神が心を痛めるとき

おはようございます!昨日のU-13も勝ったみたいだね!おめでとう!
昨日は間違って2通送ってしまいました。金曜日に話した事のある内容のメモだったんだけど、せっかくだからそれも読んでね。さて今日からは、カインとアベルの話から少し時代が進んで、有名なノアの話に入っていきます。

◆今日の聖書◆
主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。(創世記6:5-6)

◆どういうこと?◆
地上に増え広がった人間たちは、みんな悪いことばかりをするようになりました。

もし、ボクたちが悪いことばっかりしていたら、親は心を痛めるよね。特に中学生の時期、反抗期で万引きやタバコに手を出すようになったりしたら、何でこんなことになったのかと死ぬほど悩み、気が狂いそうになると思います。

では、なぜそんなに辛くなるのか分かる?

それは、自分の子どもを愛しているからです。一番大切だからです。隣の家の子どものことだったら、「かわいそう」とか「大変ね」とは思うかも知れないけど、そこまで悩みません。自分の子どもは特別なのです。

神様にとって、ボクたちは、本当の子どもです。大切な存在なのです。

聖書には「罪から来る報酬は死です」と書いてありますが、神様はボクたちが死んだような生き方をして欲しくないのです。だから、ボクたちが罪を犯す姿を見て、それを自分の事のように苦しまれるのです。

◆考えてみよう◆
今、親を悲しませるような事はしていないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクが罪を犯すとき、あなたは実の親のように苦しんでくださることを知りました。どうか悪から離れ、良いことを行う事ができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君は大切な存在だよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月24日日曜日

失望しないで!

おはようございます!昨日は1年生、2年生ともに初戦を勝利できてよかったです!!今日のもう1チームもがんばれ!!
今朝の聖書は、金曜日夜のメッセージと同じところからです。

◆今日の聖書◆
善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。(ガラテヤ6:9)

◆どういうこと?◆
一生懸命やっているのに、なかなか成果が出ないとあせるよね。自分のやっていることが本当に意味のあることなのか確信が持てなかったり・・・。

もしそこで「もうダメだ」と思ってやめてしまったら、本当にもうそれで終わりなのです。しかし、もしあきらめずに続けていくなら、時が来れば必ずその苦労は報われます。

「失望」は、夢の実現への、大きな妨げなのです。実際、多くの人が現実の問題にぶつかり、失望し、夢をあきらめて来ました。

でも誰一人、完全な人はいません。失敗することもあります。自分自身がなさけなく思うこともあります。もし、もうダメだと思ったときは、どうしたらよいのでしょうか?


聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」(ローマ10:11)


たとえ、自分自身を信頼できなかったとしても、神様を信頼すること。困ったときの神頼みでも構わない。神様を信頼するのです。すると心が強くされて、いろいろな問題を乗り越えて、続けていく力が与えられるのです。

◆考えてみよう◆
1. 今までに挫折したこと、失望したことってあるかな?

2. あきらめたくなった時、どうやってそれを乗り越える?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたに信頼するなら、失望させられることはありません。どうか失望せずに、一生懸命やるべきことをやり続けることができます様に。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


信頼して歩もう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

ことばには力がある

ことばには力がある。

神はこの世界を「ことば」を用いてつくった。
神様のことばは、何かものを生み出すという力を持っている。

同じように僕たちの「ことば」にも力がある。
何かを生み出すことができる。

肯定的なことばを使っていると、本当に状況が肯定的になっていく。
否定的なことばを使っていると、本当に状況が悪くなっていく。


ことばの力を軽くみないで欲しい。
・ことばで人の心をずたずたにすることも出来る
・ことばで人をやる気にさせることも出来る



やさしいことばだけがいいのか?
・何かを得るために痛みを通らなければならない時には、それをきちんと伝えてくれる人が必要
・危ない状況おかれているとき、大丈夫とは言えない。


厳しいことばを聴いたときは、それが自分のための事か考えてみる。


・本当に自分のためになることなら、その人は自分をいのちがけで救ってくれる
・自分勝手なら、無視する。


否定的なことばが、自分の心に残らない方法。
ぼくらを造られた神からの真実のことばを聴き続ける。

2010年10月23日土曜日

決して見捨てない

おはようございます!!いよいよ今日からリーグ戦の新しいステージの開幕だね!大事な初戦、みんなベストを尽くして頑張ろうね!!

◆今日の聖書◆
カインは主に申し上げた。「私の咎は、大きすぎて、にないきれません。・・・私に出会う者はだれでも、私を殺すでしょう。」主は彼に仰せられた。「それだから、だれでもカインを殺す者は、七倍の復讐を受ける。」そこで主は、彼に出会う者が、だれも彼を殺すことのないように、カインに一つのしるしを下さった。(創世記4:13,15)

◆どういうこと?◆
犯罪を犯して少年院や刑務所に入ると、たとえそこから出ても、その後の生活は大変です。まともな仕事に就こうとしても、犯罪者のレッテルがいつまでもついてまわり、多くの人はその人を避けようとします。

でも、神様はそんな犯罪者のカインのことでさえ、最後まで見守って下さる方です。

もしボクたちが、何らかの理由で一人ぼっちに感じることがあったとしても、神様は絶対に最後まで見捨てず、見守って下さる方なのです。

◆考えてみよう◆
最近、一人ぼっちに感じることってあるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがどんな時でもボクを見捨てないで見守って下さることを感謝します。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


ひとりじゃないよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月22日金曜日

罪の結果

おはよう!!

◆今日の聖書◆
「あなたは、いったいなんということをしたのか。聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる。今や、あなたはその土地にのろわれている。その土地は口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた。それで、あなたがその土地を耕しても、土地はもはや、あなたのためにその力を生じない。あなたは地上をさまよい歩くさすらい人となるのだ。」(創世記4:10-12)

◆どういうこと?◆
カインの罪の結果、この地はのろわれてしまいました!この地のすべてののろいの原因は、人間の罪にあるのです。人類のすべての悲惨な出来事も、今起こっている環境問題も、すべては元をたどると人間の罪が原因なのです。

でも逆に、もし人間が罪から解放されるなら、この世界をも回復することができる望みがあるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクを罪から解放してください。そして、世の中の悲惨な出来事が少しでもなくなりますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

世界を変えよう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月21日木曜日

バレたらヤバイ・・・

おはよう!

◆今日の聖書◆
主はカインに、「あなたの弟アベルは、どこにいるのか」と問われた。カインは答えた。「知りません。私は、自分の弟の番人なのでしょうか。」(創世記4:9)

◆どういう意味?◆
カインは弟を殺しました。誰も見ていないはずの所で。そんなカインに神様は「弟はどこにいるのか?」と聞きました。なのにカインの返答は、ある意味で逆ギレです。「うっせーなー!なんでオレに弟のことなんか聞くんだよ!!」

なぜカインは逆ギレしたのでしょう?それは、「あのこと」がバレたんじゃないかとビクビクして、イッパイイッパイになっていたからです。

バレなければ何をしても良いのではありません。なぜなら、たとえ人の目をごまかすことができたとしても、心の中の自由がどんどん奪われていってしまうからです。

◆考えてみよう◆
1. 普段はしらばっくれてるけど、実は誰かにバレるんじゃないかと思ってビクビクしている事ってない?

2. 誰かに聞いてもらえたら楽になるのにって思ったことある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、バレないように逃げるのではなく、ゆるされてすっきりと過ごせますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


ビクビクしなくていいよ
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月20日水曜日

人類最初の殺人事件

おはようございます!今日は、カインとアベルの話が急展開します!!

◆今日の聖書◆
しかし、カインは弟アベルに話しかけた。「野に行こうではないか。」そして、ふたりが野にいたたき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。(創世記4:8)

◆どういうこと?◆
自分の兄弟や、身近にいる友達に対して、ねたみを感じることはありませんか?「あいつさえいなければ、すべてうまくいくのに・・・」と憎しみを感じることはありませんか?そういう人は気をつけてくださいね。「ねたみ」「怒り」「憎しみ」等は、放っておくと心の中でグルグルと大きくなり、やがては正常な判断が出来ないほどの犯罪に育っていく危険があるからです。

カインは、弟アベルだけが神に受け入れられた事をうらみ、とうとう大切な兄弟を殺してしまいました。「野に呼び出して殺す」という用意周到に準備された方法で。カインの頭の中は、弟を殺す事でいっぱいでした。ですから自分の行動の結果、どういう事になるか考える余裕すらありませんでした。弟を殺す事が、彼の人生の最大の目的となってしまったのです。それは、まさに「罪の奴隷」となった状態です。

ボクたちは、程度の差はあっても、みんな「罪の奴隷」です。イエス・キリストは、そんなボクたちを罪のくさりから解き放つために十字架にかかってくださったのです。

◆考えてみよう◆
1. ねたみや憎しみを感じるのってどんな時?

2. 今、ねたんでる人とか、憎んでる人っている?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、時々ねたみや憎しみで心がいっぱいになってしまうことがあります。でも、そんなボクを解放するために、イエス・キリストが十字架で身代わりとして死んでくれた事を感謝します。そこに希望があると信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

希望はあるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月19日火曜日

神様は見守ってくれる

おはようございます!
さあ、今日も元気だして頑張ろう!

◆今日の聖書◆
そこで、主は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」(創世記4:6-7)

◆どういうこと?◆
みんなは誰も見ていない時でも、自分から進んで良いことをしていますか?それとも、言われた時だけ、または何か自分の得になる時だけしかやりませんか?逆に、誰も見ていないからといって、人に知られたくないような悪い事をしていませんか?今までの自分の人生がすべて録画されていて、みんなの前で上映されたとしたら、みんなは自信をもってそれを見てもらう事が出来ますか?

誰もが不完全です。良い時もあれば、悪い時もあります。でも、たとえ誰も見ていないようでも、神様はすべてをご存知です。そして、人の目はごまかすことが出来るかも知れませんが、神様の目は絶対にごまかすことが出来ません。

正しく行なったのなら、必ずそれは神様の目に留まっています。たとえ地上で評価されなかったとしても、神様はちゃんとそれを知っていてくれて、天国でご褒美をくれます。逆に、もし正しく行なっていないのなら、だんだんと心が闇に支配されて行き、どんどん悪い方へと進んでいってしまうのです。

カギとなるのは、誰も見ていない時の自分の行動です。誰も見ていなくても神様は見ています。そして、神様は監視しているというよりも、見守ってくださっているのです。

◆考えてみよう◆
1. 誰も見ていないときと、見られている時で、自分はどう違うだろう?

2. 神様がずっと見ているっていうのは、監視されてるって感じる?それとも見守ってくれていると感じる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがいつでも見守っていてくださる事を感謝します。人には見えない所でも、良い行ないをしていくことが出来るように力を与えてください。悪い事はすぐにやめて、それ以上ひどくならないようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様はいつでも見守ってるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月18日月曜日

なぜ顔を伏せるの?

おはよう!昨日は市長旗杯栄区優勝おめでとう!!いやあ、完璧な勝利だったね!何よりも嬉しいのは、久々の出場の山元大地君の活躍でチームが一つになれたこと。本当に爽やかな気持ちで帰って来る事ができました。応援のみんなも含めて、本当にありがとう。次に向けてまた頑張ろうね!!

◆今日の聖書◆
だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。(創世記4:5)

◆どういうこと?◆
友達が評価されているのに、自分はちっとも評価されてないなーって感じるときってあるよね。そういう時、みんなだったらどういう態度をとる?カインは、弟アベルが評価されてるのに自分は評価されないので、ひどく怒り、顔を伏せ、目を合わせようとしませんでした。

話している相手に対して顔を伏せるというのは、たいてい心に不満や疑いや反抗がある時の態度です。そして、そういう人は、聞く耳を持つことができなくなってしまっています。自分の怒りや自分の主張で心も頭もいっぱいになっていて、何を言っても効き目がありません。自分が正しいと思い込んでいるからです。そういう態度は、事態を悪化させるだけで、自分にとっては何のプラスにもなりません。

もし本当に自分が正しいのだったら、カインは神様に直接「なぜ私のささげ物には目を留めてくれないのですか?」と聞くことも出来たはずだよね。同じように、何か心にすっきりしない気持ちが溜まっているのだったら、実際に話してみるべきです。顔をそむけてばかりでは、何にもなりません。

たとえ不満があっても、反抗的な態度をとるのは良くありません。反対に、素直な心で素直に聞く耳を持ってさえいれば、それが態度にも表れ、それを続けていれば必ず自分も評価される時が来るのです。

◆考えてみよう◆
1.自分はどんな時に反抗的な態度をとってしまうだろう。

2.目上の人に対して不満を感じた時、どうするべきだろう。それは、難しい事かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも正しい態度をとる事が出来るようにさせてください。不満を感じたときでも、素直な心で聴く耳を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン」


さあ顔をあげて、がんばろう!
Vamos Esperanza
チャプレン佐藤

2010年10月17日日曜日

気持ちが大事

おはよう!U-14リーグ優勝おめでとう!よく頑張ったね!!
さあ今日は、市長旗杯決勝です。気合いを入れて頑張ろう!!

◆今日の聖書◆
アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。ある時期になって、カインは、地の作物から主へのささげ物を持って来たが、アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。主はアベルとそのささげ物とに目を留められた。(創世記4:2-4)

◆どういうこと?◆
サッカーの練習をする時、大きく分けて2つのタイプの人がいます。1番目は、とにかく言われた事はやるんだけど、ただ形だけやっている人。そして2番目は、たとえそれがどんなに単純な練習であっても、いつでも意識を高くもってやっている人です。確かにどちらも同じ事をしたかも知れません。でも、当然その練習の結果がどうなるかは明らかです。

同じ事は、すべての面において言えます。ボクたちは、ただ何となく無難に、形だけの人生を過ごす事もできます。でも、いつでも最高のものを求めて努力をする生き方もできます。そして、それを選ぶのは自分自身なのです。もし、充実した有意義な人生を送りたいと思うなら、いつでも最善を求めて努力すべきです。なぜならボクたちは、偶然に生きているのではなく、目的を持ってつくられたから存在だからです。

神様は、アベルのささげ物を評価しました。なぜなら、その気持ちが素晴らしかったからです。

ボクたちに出来るのは、人生を最高に生きるために、何事にも一生懸命取り組むことです。それこそが、ボクたちにとっての神様へのささげものです。そして神様は、いつでもボクたちの最高のささげものに目を留めてくれるのです。

やっぱり「気持ち」だね。

◆考えてみよう◆
1. サッカーで単純な練習をするとき、いつでも高い意識で出来ているかな?

2. サッカー以外をするとき、みんなの気持ちはどうかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな時でも100%の気持ちで取り組むことが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

気持ち出して戦うぞ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月16日土曜日

心配事を聞いてもらおう

おはよう!今日はU-14リーグの最終戦だね!ベストを尽くして、絶対優勝しよう!!

◆今日の聖書◆
私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。(詩篇3:4-5)

◆どういうこと?◆
何かが心配で、夜も眠れないって経験したことある?友達との関係がぎくしゃくして、イッパイイッパイで何をやっても集中出来ないってことはないかな?
ボクたちは、実は自分で思うよりも結構デリケートで傷付きやすい存在なのです。たった一つの心配事に自分の生活のすべてが支配されて、何をやってもうまくいかなくなってしまうことがあるのです。

そういう時、みんなだったらどうする?

おすすめは、誰か信頼出来る人に、その悩みをまじめに聞いてもらうことです。信頼出来る人っていうのは、ある人にとっては親かもしれないし、コーチや先生かもしれない。兄弟かもしれないし、友達かもしれない。でも、たとえそれが誰であったとしても、もし本当に自分の心配事をきちんと聞いてもらう事が出来たら、何だかそれだけで心が軽くなります。

今日の聖書の箇所は、「主」つまり神様に対して悩みを告白した人の詩です。彼は、心配事を神様に全部打ち明けた時、もうそれだけで安心して眠れるというのです。人に対して話をしても心が軽くなるのだから、相手が神様ならそれ以上です。それに人間は、どんなに信頼出来る人であっても不完全です。でも神様は完全です。神様は全世界を造られた方です。そしてボクたちの事を一番よく知っています。この神様が、ボクたちの叫びを聞いてくれるだけでなく、ちゃんと応えてくださり、支えてくださるのです。

神様がボクたちの味方です。だから、恐れることはありません。何かあったら、今度は神様に祈ってみよう。神様は必ずそれを受け止めてくれるはずです!

◆考えてみよう◆
今、自分では手に負えないほど大きな悩みはないかな?今までに、そういう経験をしたことは?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたはボクのどんな悩みでも聞いてくれる方です。今、ボクの心配事をすべてあなたにお任せします。どうか、寝るときも起きている時も、何をやるにも安心して、のびのびと行なう事が出来るように支えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


心配しなくていいよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月15日金曜日

あたたかく包む

おはよう!今日は金曜日。今週、あと一日だけ学校がんばろうね!(笑)

◆今日の聖書◆
神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。(創世記3:21)
わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。(ヨシュア1:5)

◆どういうこと?◆
人は神様にそむいてしまいました。そして、神様からかくれたり、人のせいにしたりしました。その結果彼らは「エデンの園」という楽園から追放され、本来の祝福を体験できなくなってしまいました。でも、神様はどんな状況になったとしても、決して人を見捨てたりはしません。どんな時にもボクたちの必要に目を留めて、その両手を広げてあたたかく包んでくださる方なのです。たとえそれが、ボクたちの側の失敗だったとしても。

神様は、裸であるアダムとエバのために、他の動物の命を身代わりとし、その皮をはいで衣服を作り、彼らに与えました。同じように神様は、ボクたちの罪の身代わりとして、イエス・キリストを十字架につけてくださいました。それは、ボクたちがゆるされ、もう一度祝福の道を歩む事ができるようにするためです。

十字架は、神様の愛のシンボルです。神を信じる者は、十字架を見上げるとき、自分自身の罪深さと同時に、神様の愛の大きさを思い起こすのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、十字架の愛を感謝します。あなたはボクがどんなに取り返しのつかない罪を犯したとしても、決して見捨てないと約束してくれました。この大きなあたたかい愛を、いつも思い起こすことが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン。」


今日も神様の愛に守られて過ごせますように!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月14日木曜日

人のせいにしない

おはよう!
今日も元気にガンバロー!!

◆今日の聖書◆
人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」そこで、神である主は女に仰せられた。「あなたは、いったいなんということをしたのか。」女は答えた。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」(創世記3:12-13)

◆どういうこと?◆
「なんでこんなことしたんだ!!」とか言われると、ついつい「いや、アイツがやれって言ったから・・・」とか、すぐに人のせいにして言い訳していませんか?これこそが罪深い人間のリアクションの一つ、「責任転嫁(せきにんてんか)」です。

男は、自分が命令を破ったのを「この女のせいだ!」と言いました。そして、女は「へびが悪いのよ!へびが!」と言いました。へびは・・・手も足も出ない・・・!いや、まだ人のせいにしなかっただけへびの方がましかもしれません。

確かに、「この女が言ったから」とか「へびが惑わした」というのは、その通りでしょう。でも、最終的にそれを行なったの自分です。誰かがやったから自分がやったというのは理由になりません。一つ一つの自分の行動には、自分が責任をもたなければならないし、何か失敗をしたら、自分でそれを受け止めなければなりません。それこそが、「男らしい」態度なのです。

確かに、「あいつがやれって言った!」のもきっと事実なのでしょう。そういう意味で、言い分はあるかもしれません。しかし、その結果、やるべきでないことを選び取ったのは自分なのです。人のせいにして逃げてばかりいるのは、そろそろやめにしませんか?

◆考えてみよう◆
自分は人のせいにして、逃げてばかりはいませんか?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、もっと男らしく、自分自身に責任をもって行動することが出来るようにさせてください。自分で受け止めるべき事は、逃げずにしっかりと受け止めることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


男らしくなろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月13日水曜日

かくさないで生きよう

おはよう!昨日の日本vs韓国戦は無得点だったけど、最後まで気の抜けない試合だったね。
さて、今日は世界の始まりのストーリーに戻ります。

◆今日の聖書◆
そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」(創世記3:8-9)

◆どういうこと?◆
みんな、今までに何か悪い事をしたはある?人はそういう時、昔から共通の反応をしてきたようです。それは「かくれる」ということです。

かくれたり、かくしたりするってことは、自分が何か悪い事をしたんだという自覚があるってことだよね?だけど、もしそれをかくすなら、もう一つ悪い事を重ねてしまうことになります。そして、バレるかもしれない、見つかるかもしれないと思いながらビクビクと生活して、本来のいきいきとした自由な生活ができなくなってしまうのです。

でも聖書の別の箇所にはこのように書いてあります。
「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」(1ヨハネ1:9)

もしボクたちが罪を犯しても、それをちゃんと自分で認めて言い表すなら、神様はゆるしてくれます。実は、それが一番勇気のいることなのです。でも、その告白さえあれば、神様はボクたちを悪からきよめてくれます。
ゆるされているという実感なしに、人は自由に生活することが出来ないのです。

◆考えてみよう◆
1. 今、何か隠していることはないかな?それが原因で心がすっきりしないことはないかな?

2. みんなだったら、何か失敗したり、悪い事をしてしまった時は、どうする?どうしたらいいと思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがすべての罪をゆるしてくださることを感謝します。もう、かくれたり、かくしたりしないで正々堂々と生きる事ができるように力を与えてください。そして、失敗したり悪い事をしてしまった時でも、勇気を出してそれを告白することが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

今日もすっきり歩もう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤