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2010年12月1日水曜日

行動に移す

おはようございます!!

◆今日の聖書◆
「立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」そこで、アブラムは天幕を移して、ヘブロンにあるマムレの樫(かし)の木のそばに来て住んだ。そして、そこに主のための祭壇を築いた。(創世記13:18)

◆どういうこと?◆
「はい、分かりました!」と、元気よくコーチに返事をした二人のサッカー少年。

一人は、コーチに言われた通りのことを実際にやってみました。でも、もう一人の子は、言われたことはちゃんと分かっていたのに、面倒くさかったので、その後何もしませんでした。どっちが、コーチにほめられたでしょうか?

・・・簡単ですよね?

多くの人が、口では「分かった」とか「信じる」と言いながら、その通り行動していません。でも、どんなに頭で理解しても、どんなに感動したとしても、どんなによい返事をしてみても、実際にボクたちが行動を起こさなければ、全く意味がないのです。

神様はアブラムに、信じた証拠に、実際にその場所を歩くという「行動」を求めました。そして、その通り従いました。

あなたはどうですか?

◆考えてみよう◆
今、実際に行動に移すべきだと感じていることは何かあるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、何かを理解したとき、感動したとき、決心したとき、実際に行動に移すことができるように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

やるしかない!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月30日火曜日

信仰の目

おはよう!U-13リーグの結果が更新されてます。どうやら、Bチームの昇格は間違いないようですね!!おめでとう!

◆今日の聖書◆
ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが目渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。」(創世記13:14-16)

◆どういうこと?◆
君は将来サッカー選手になりたい?って聞くと、エスペランサでは、ほぼ100%「なりたいです!」と答えると思います。でも、ちょっとした挫折や、失敗、劣等感が積み重なると、だんだん自信がなくなって、あんなに熱かった夢を、あきらめたくなった事もあるかも知れません。

ボクたちは、なりたい自分になろうとする時、絶対に失ってはいけないものがあります。それは「ビジョン」です。「ビジョン」とは、将来を見ることです。まだ、それが実現していないうちから、それを思い描いて見るのです。それこそが「信仰」と呼ばれるものの正体です。

神様は、がっかりして肩を落としていたアブラムに、もう一度約束を与えてくれました。「さあ、目を上げて見てごらん!わたしは、この場所を永久にあなたに与えよう。そして、あなたの子孫を数えられないほどに増やしてみせるよ!」

アブラムは、言われた通り目を上げてこの地を見渡しました。すると、何も変わらないはずのその土地が、今度は輝いて見えるのです!なぜでしょう?アブラムに「信仰の目」が与えられたからです。今まで見えなかった、将来の素晴らしい姿が見えるようになったのです。

疲れた時、落ち込んだ時、神様は励ましてくれます。「さあ、君も目を上げて見てごらんなさい!」目を閉じて、信仰の目で将来の自分をしっかりと見てください。そこにはきっと、君の輝かしい将来が映し出されているはずです!!

◆考えてみよう◆
1. 夢をあきらめたくなった事ってある?それはどんな時?

2. どうしたらもう一度その思いを熱く燃やすことが出来るだろう?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、信仰の目を与えてください。いつでも強い心をもって、神様の約束を待ち望むことが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

君の将来は輝いているよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月16日火曜日

新しい地への招き

おはようございます!今日からは、アブラハムのストーリーになります。ちなみに有名なアブラハムは、初めはアブラムって名前だったんだよ。

◆今日の聖書◆
主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12:1)

◆どういうこと?◆
みんなは、引っ越しをして転校したことってある?仲の良い友達や、想い出の場所、慣れ親しんだ環境を手放すのはとっても辛いよね。また、新しい環境でうまくやっていくことが出来るのか、友達が出来るのかとか、考え始めると、期待と不安で押しつぶされそうになることもあると思います。人間というのは、本当に変化に弱い存在です。

でも、神様は時々、あえてボクたちにそういうチャレンジを与えるのです。

例えば、エスペランサを卒業して別の場所に行くことも、一つの新しい挑戦でしょう。学校の卒業もそうです。今まで自分では出来ないと思っていた責任を任せられることも一つのチャレンジです。海外へのチャレンジもそうです。

実は、そういった環境の変化は、ボクたち自身が変わる最高のチャンスなのです。

もしボクたちが、変化をかたくなに拒むのなら、ボクたちの一生は所詮そんなものでしょう。しかし、新しい道が開かれた時には、それに対して心を閉ざしてはいけません。自分自身の成長のチャンスを奪う事になるからです。

ボクたちは「さあ、あなたは今の状況を抜け出して、わたしが示すところへと進みなさい」と神様に命じられたとき、果たして、いつでもその準備が出来ているでしょうか。君は、いつでも自分自身を変える心づもりがありますか?

◆考えてみよう◆
1. 自分にとって、もっとも居心地の良い場所(仲間たち)はどこにいるだろう。

2. もし「その一番の居場所から抜け出して、新しい所に移るように」と神様に言われたらどうするだろう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも自分自身を変える勇気を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

変化は力です!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年11月10日水曜日

信じて準備する

おはよう!

◆今日の聖書◆
信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づくものは、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となりました。(ヘブル人への手紙11:6-7)

◆どういうこと?◆
ある所に、雨を待ち望むふたりの農夫がいました。一人は神に祈るだけで、あとは何もしませんでした。もう一人は神が願いを聞き届けてくれると信じ、せっせと畑で雨降り後の準備をしました。さて、どちらの農夫の畑に雨が降ったと思いますか?

「信仰」とは信じることです。でも、本当に信じているなら、信じた通りに行動するはずです。それが本物の「信仰」です。

ノアは「信仰の人」として後の時代にまで語り継がれる人物となりました。ノアが信じて行動したからです。「信仰」がなくては、神に喜ばれることはできません。

もし、偉大なサッカー選手になりたいと願っているなら「信仰」が必要です。ただ、祈るだけではだめです。必ずそうなると信じて、今から準備をするのです。神様は、そういう人の取り組みを、絶対に祝福してくださいます。

「信仰」があれば、あなたの畑にも必ず雨が降るのです。

◆考えてみよう◆
1. 将来何になりたい?正直、なれると思う?

2. 10年後の目標、5年後の目標、3年後の目標、1年後の目標、3ヶ月以内の目標・・・というふうに、なりたい自分への道筋となる目標を考えてみよう。そして、それを達成するために全力で取り組む決意をしよう。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、本気で信じる事が出来るように、そして信じて全力で取り組むことが出来るように力を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

さあ準備を始めよう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月30日土曜日

救いの方法

おはよう!今日は、結局試合中止になっちゃったね!!台風だから、みんな吹き飛ばされないように注意してね!(洪水にならないといいんだけど笑)

◆今日の聖書◆
「あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。・・・わたしは今、いのちの息のあるすべての肉なるものを、天の下から滅ぼすために、地上の大水、大洪水を起こそうとしている。地上のすべてのものは死に絶えなければならない。しかし、わたしは、あなたと契約を結ぼう。あなたは、あなたの息子たち、あなたの妻、それにあなたの息子たちの妻といっしょに箱舟に入りなさい。」(創世記6:14,17,18)

◆どういうこと?◆
神様は、この世界を洪水で滅ぼすことを決意しました。でもノアにだけは一つの約束をしました。もしノアが神様に命じられた通りの箱舟をつくり、ノアとその家族(と動物たち)がその中に入るなら、彼らは生き延びる事ができるようになるということです。

実はこれ、神様がイエス・キリストの十字架を通してボクたちを救ってくださる方法と良く似ているんです。

イエス・キリストは、ボクたちの身代わりとなって十字架の上で死んでくださいました。それによってボクたちに愛が分かり、救いの道がひらかれたのです。イエス・キリストの十字架を信じる人は、誰でも救われます。「信じる」とは、ちょうどノアとその家族が箱舟に乗るようなものです。何も難しいことはありません。ただ信じてその通り行動するだけです。

もし、ノアやボクたちが、どんなに自分たちの力で頑張ってみても、滅びをのがれることはできません。ただ、神様が用意した道だけが唯一の救いの道なのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、イエス・キリストの十字架を通してでなければ、救いはありません。ノアが信じて箱舟に入ったように、ボクも信じて救いの道を歩めますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

十字架は救いの道です!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤