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2010年11月2日火曜日

困難が来たとき

おはよう!

◆今日の聖書◆
ノアは、自分の息子たちや自分の妻、それに息子たちの妻といっしょに、大洪水の大水を避けるために箱舟に入った。きよい動物、きよくない動物、鳥、地をはうすべてのものの中から、神がノアに命じられたとおり、雄と雌二匹ずつが箱舟の中のノアのところに入って来た。(創世記7:7-9)

◆どういうこと?◆
みんな動物園って好き?たぶん、みんなが小さい頃は、大きなゾウさんとか、首の長いキリンさんとかを見て、ワーワー言いながら大興奮して楽しんでたんじゃないかな。まあ、たぶん今はビミョーって感じるんだろうけどね。

ノアの箱舟の中は、まさに動物園でした。あっちで吠える声、こっちで叫ぶ声。みんな普通に食べるし、普通にウンコもするし・・・。う・・、くさい・・・。

混沌として、もはやゾウさんを無邪気に楽しめるような雰囲気ではありません!!しかもノアは600歳。気が狂いそうになってもおかしくないよね。せっかく苦労して何ヶ月もかけて造った箱舟の中が、こんなグチャグチャな生活じゃあ・・・。一体いつまで続くのか?こんなことなら、いっそ一緒に死んでしまったほうが良かった!!って感じでね。

ボクたちは自分が望んでいた状況がかなっても、次の困難がやってくるとすぐにあきらめてしまいがちです。そして、いとも簡単に「あんな苦労はじめからしない方が良かった!」と言ってしまうものです。

サッカーでも、「せっかくエスペランサに入ったのに・・・」とか「せっかく1軍になったのに・・・」とか「せっかくレギュラーになったのに・・・」とか、「せっかくJ下部に入ったのに・・・」とか、もうどんなレベルでも困難はやってくるのです。

ノアは、その混沌とした状況の中でも決して不平不満を言わず、決して神様を信じることをやめませんでした。だからこそ「特別な人」となれたのです。

◆考えてみよう◆
困難があったとき、すぐに不平不満を言ってしまうことはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな困難の中にあっても、あなたを信じ続けることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

あきらめないで!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月18日月曜日

なぜ顔を伏せるの?

おはよう!昨日は市長旗杯栄区優勝おめでとう!!いやあ、完璧な勝利だったね!何よりも嬉しいのは、久々の出場の山元大地君の活躍でチームが一つになれたこと。本当に爽やかな気持ちで帰って来る事ができました。応援のみんなも含めて、本当にありがとう。次に向けてまた頑張ろうね!!

◆今日の聖書◆
だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。(創世記4:5)

◆どういうこと?◆
友達が評価されているのに、自分はちっとも評価されてないなーって感じるときってあるよね。そういう時、みんなだったらどういう態度をとる?カインは、弟アベルが評価されてるのに自分は評価されないので、ひどく怒り、顔を伏せ、目を合わせようとしませんでした。

話している相手に対して顔を伏せるというのは、たいてい心に不満や疑いや反抗がある時の態度です。そして、そういう人は、聞く耳を持つことができなくなってしまっています。自分の怒りや自分の主張で心も頭もいっぱいになっていて、何を言っても効き目がありません。自分が正しいと思い込んでいるからです。そういう態度は、事態を悪化させるだけで、自分にとっては何のプラスにもなりません。

もし本当に自分が正しいのだったら、カインは神様に直接「なぜ私のささげ物には目を留めてくれないのですか?」と聞くことも出来たはずだよね。同じように、何か心にすっきりしない気持ちが溜まっているのだったら、実際に話してみるべきです。顔をそむけてばかりでは、何にもなりません。

たとえ不満があっても、反抗的な態度をとるのは良くありません。反対に、素直な心で素直に聞く耳を持ってさえいれば、それが態度にも表れ、それを続けていれば必ず自分も評価される時が来るのです。

◆考えてみよう◆
1.自分はどんな時に反抗的な態度をとってしまうだろう。

2.目上の人に対して不満を感じた時、どうするべきだろう。それは、難しい事かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも正しい態度をとる事が出来るようにさせてください。不満を感じたときでも、素直な心で聴く耳を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン」


さあ顔をあげて、がんばろう!
Vamos Esperanza
チャプレン佐藤