2010年10月23日土曜日

決して見捨てない

おはようございます!!いよいよ今日からリーグ戦の新しいステージの開幕だね!大事な初戦、みんなベストを尽くして頑張ろうね!!

◆今日の聖書◆
カインは主に申し上げた。「私の咎は、大きすぎて、にないきれません。・・・私に出会う者はだれでも、私を殺すでしょう。」主は彼に仰せられた。「それだから、だれでもカインを殺す者は、七倍の復讐を受ける。」そこで主は、彼に出会う者が、だれも彼を殺すことのないように、カインに一つのしるしを下さった。(創世記4:13,15)

◆どういうこと?◆
犯罪を犯して少年院や刑務所に入ると、たとえそこから出ても、その後の生活は大変です。まともな仕事に就こうとしても、犯罪者のレッテルがいつまでもついてまわり、多くの人はその人を避けようとします。

でも、神様はそんな犯罪者のカインのことでさえ、最後まで見守って下さる方です。

もしボクたちが、何らかの理由で一人ぼっちに感じることがあったとしても、神様は絶対に最後まで見捨てず、見守って下さる方なのです。

◆考えてみよう◆
最近、一人ぼっちに感じることってあるかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがどんな時でもボクを見捨てないで見守って下さることを感謝します。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


ひとりじゃないよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月22日金曜日

罪の結果

おはよう!!

◆今日の聖書◆
「あなたは、いったいなんということをしたのか。聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる。今や、あなたはその土地にのろわれている。その土地は口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた。それで、あなたがその土地を耕しても、土地はもはや、あなたのためにその力を生じない。あなたは地上をさまよい歩くさすらい人となるのだ。」(創世記4:10-12)

◆どういうこと?◆
カインの罪の結果、この地はのろわれてしまいました!この地のすべてののろいの原因は、人間の罪にあるのです。人類のすべての悲惨な出来事も、今起こっている環境問題も、すべては元をたどると人間の罪が原因なのです。

でも逆に、もし人間が罪から解放されるなら、この世界をも回復することができる望みがあるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクを罪から解放してください。そして、世の中の悲惨な出来事が少しでもなくなりますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

世界を変えよう!!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月21日木曜日

バレたらヤバイ・・・

おはよう!

◆今日の聖書◆
主はカインに、「あなたの弟アベルは、どこにいるのか」と問われた。カインは答えた。「知りません。私は、自分の弟の番人なのでしょうか。」(創世記4:9)

◆どういう意味?◆
カインは弟を殺しました。誰も見ていないはずの所で。そんなカインに神様は「弟はどこにいるのか?」と聞きました。なのにカインの返答は、ある意味で逆ギレです。「うっせーなー!なんでオレに弟のことなんか聞くんだよ!!」

なぜカインは逆ギレしたのでしょう?それは、「あのこと」がバレたんじゃないかとビクビクして、イッパイイッパイになっていたからです。

バレなければ何をしても良いのではありません。なぜなら、たとえ人の目をごまかすことができたとしても、心の中の自由がどんどん奪われていってしまうからです。

◆考えてみよう◆
1. 普段はしらばっくれてるけど、実は誰かにバレるんじゃないかと思ってビクビクしている事ってない?

2. 誰かに聞いてもらえたら楽になるのにって思ったことある?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、バレないように逃げるのではなく、ゆるされてすっきりと過ごせますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


ビクビクしなくていいよ
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月20日水曜日

人類最初の殺人事件

おはようございます!今日は、カインとアベルの話が急展開します!!

◆今日の聖書◆
しかし、カインは弟アベルに話しかけた。「野に行こうではないか。」そして、ふたりが野にいたたき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。(創世記4:8)

◆どういうこと?◆
自分の兄弟や、身近にいる友達に対して、ねたみを感じることはありませんか?「あいつさえいなければ、すべてうまくいくのに・・・」と憎しみを感じることはありませんか?そういう人は気をつけてくださいね。「ねたみ」「怒り」「憎しみ」等は、放っておくと心の中でグルグルと大きくなり、やがては正常な判断が出来ないほどの犯罪に育っていく危険があるからです。

カインは、弟アベルだけが神に受け入れられた事をうらみ、とうとう大切な兄弟を殺してしまいました。「野に呼び出して殺す」という用意周到に準備された方法で。カインの頭の中は、弟を殺す事でいっぱいでした。ですから自分の行動の結果、どういう事になるか考える余裕すらありませんでした。弟を殺す事が、彼の人生の最大の目的となってしまったのです。それは、まさに「罪の奴隷」となった状態です。

ボクたちは、程度の差はあっても、みんな「罪の奴隷」です。イエス・キリストは、そんなボクたちを罪のくさりから解き放つために十字架にかかってくださったのです。

◆考えてみよう◆
1. ねたみや憎しみを感じるのってどんな時?

2. 今、ねたんでる人とか、憎んでる人っている?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、時々ねたみや憎しみで心がいっぱいになってしまうことがあります。でも、そんなボクを解放するために、イエス・キリストが十字架で身代わりとして死んでくれた事を感謝します。そこに希望があると信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

希望はあるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月19日火曜日

神様は見守ってくれる

おはようございます!
さあ、今日も元気だして頑張ろう!

◆今日の聖書◆
そこで、主は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」(創世記4:6-7)

◆どういうこと?◆
みんなは誰も見ていない時でも、自分から進んで良いことをしていますか?それとも、言われた時だけ、または何か自分の得になる時だけしかやりませんか?逆に、誰も見ていないからといって、人に知られたくないような悪い事をしていませんか?今までの自分の人生がすべて録画されていて、みんなの前で上映されたとしたら、みんなは自信をもってそれを見てもらう事が出来ますか?

誰もが不完全です。良い時もあれば、悪い時もあります。でも、たとえ誰も見ていないようでも、神様はすべてをご存知です。そして、人の目はごまかすことが出来るかも知れませんが、神様の目は絶対にごまかすことが出来ません。

正しく行なったのなら、必ずそれは神様の目に留まっています。たとえ地上で評価されなかったとしても、神様はちゃんとそれを知っていてくれて、天国でご褒美をくれます。逆に、もし正しく行なっていないのなら、だんだんと心が闇に支配されて行き、どんどん悪い方へと進んでいってしまうのです。

カギとなるのは、誰も見ていない時の自分の行動です。誰も見ていなくても神様は見ています。そして、神様は監視しているというよりも、見守ってくださっているのです。

◆考えてみよう◆
1. 誰も見ていないときと、見られている時で、自分はどう違うだろう?

2. 神様がずっと見ているっていうのは、監視されてるって感じる?それとも見守ってくれていると感じる?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがいつでも見守っていてくださる事を感謝します。人には見えない所でも、良い行ないをしていくことが出来るように力を与えてください。悪い事はすぐにやめて、それ以上ひどくならないようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

神様はいつでも見守ってるよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月18日月曜日

なぜ顔を伏せるの?

おはよう!昨日は市長旗杯栄区優勝おめでとう!!いやあ、完璧な勝利だったね!何よりも嬉しいのは、久々の出場の山元大地君の活躍でチームが一つになれたこと。本当に爽やかな気持ちで帰って来る事ができました。応援のみんなも含めて、本当にありがとう。次に向けてまた頑張ろうね!!

◆今日の聖書◆
だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。(創世記4:5)

◆どういうこと?◆
友達が評価されているのに、自分はちっとも評価されてないなーって感じるときってあるよね。そういう時、みんなだったらどういう態度をとる?カインは、弟アベルが評価されてるのに自分は評価されないので、ひどく怒り、顔を伏せ、目を合わせようとしませんでした。

話している相手に対して顔を伏せるというのは、たいてい心に不満や疑いや反抗がある時の態度です。そして、そういう人は、聞く耳を持つことができなくなってしまっています。自分の怒りや自分の主張で心も頭もいっぱいになっていて、何を言っても効き目がありません。自分が正しいと思い込んでいるからです。そういう態度は、事態を悪化させるだけで、自分にとっては何のプラスにもなりません。

もし本当に自分が正しいのだったら、カインは神様に直接「なぜ私のささげ物には目を留めてくれないのですか?」と聞くことも出来たはずだよね。同じように、何か心にすっきりしない気持ちが溜まっているのだったら、実際に話してみるべきです。顔をそむけてばかりでは、何にもなりません。

たとえ不満があっても、反抗的な態度をとるのは良くありません。反対に、素直な心で素直に聞く耳を持ってさえいれば、それが態度にも表れ、それを続けていれば必ず自分も評価される時が来るのです。

◆考えてみよう◆
1.自分はどんな時に反抗的な態度をとってしまうだろう。

2.目上の人に対して不満を感じた時、どうするべきだろう。それは、難しい事かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、いつでも正しい態度をとる事が出来るようにさせてください。不満を感じたときでも、素直な心で聴く耳を与えてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン」


さあ顔をあげて、がんばろう!
Vamos Esperanza
チャプレン佐藤

2010年10月17日日曜日

気持ちが大事

おはよう!U-14リーグ優勝おめでとう!よく頑張ったね!!
さあ今日は、市長旗杯決勝です。気合いを入れて頑張ろう!!

◆今日の聖書◆
アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。ある時期になって、カインは、地の作物から主へのささげ物を持って来たが、アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。主はアベルとそのささげ物とに目を留められた。(創世記4:2-4)

◆どういうこと?◆
サッカーの練習をする時、大きく分けて2つのタイプの人がいます。1番目は、とにかく言われた事はやるんだけど、ただ形だけやっている人。そして2番目は、たとえそれがどんなに単純な練習であっても、いつでも意識を高くもってやっている人です。確かにどちらも同じ事をしたかも知れません。でも、当然その練習の結果がどうなるかは明らかです。

同じ事は、すべての面において言えます。ボクたちは、ただ何となく無難に、形だけの人生を過ごす事もできます。でも、いつでも最高のものを求めて努力をする生き方もできます。そして、それを選ぶのは自分自身なのです。もし、充実した有意義な人生を送りたいと思うなら、いつでも最善を求めて努力すべきです。なぜならボクたちは、偶然に生きているのではなく、目的を持ってつくられたから存在だからです。

神様は、アベルのささげ物を評価しました。なぜなら、その気持ちが素晴らしかったからです。

ボクたちに出来るのは、人生を最高に生きるために、何事にも一生懸命取り組むことです。それこそが、ボクたちにとっての神様へのささげものです。そして神様は、いつでもボクたちの最高のささげものに目を留めてくれるのです。

やっぱり「気持ち」だね。

◆考えてみよう◆
1. サッカーで単純な練習をするとき、いつでも高い意識で出来ているかな?

2. サッカー以外をするとき、みんなの気持ちはどうかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんな時でも100%の気持ちで取り組むことが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

気持ち出して戦うぞ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月16日土曜日

心配事を聞いてもらおう

おはよう!今日はU-14リーグの最終戦だね!ベストを尽くして、絶対優勝しよう!!

◆今日の聖書◆
私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。(詩篇3:4-5)

◆どういうこと?◆
何かが心配で、夜も眠れないって経験したことある?友達との関係がぎくしゃくして、イッパイイッパイで何をやっても集中出来ないってことはないかな?
ボクたちは、実は自分で思うよりも結構デリケートで傷付きやすい存在なのです。たった一つの心配事に自分の生活のすべてが支配されて、何をやってもうまくいかなくなってしまうことがあるのです。

そういう時、みんなだったらどうする?

おすすめは、誰か信頼出来る人に、その悩みをまじめに聞いてもらうことです。信頼出来る人っていうのは、ある人にとっては親かもしれないし、コーチや先生かもしれない。兄弟かもしれないし、友達かもしれない。でも、たとえそれが誰であったとしても、もし本当に自分の心配事をきちんと聞いてもらう事が出来たら、何だかそれだけで心が軽くなります。

今日の聖書の箇所は、「主」つまり神様に対して悩みを告白した人の詩です。彼は、心配事を神様に全部打ち明けた時、もうそれだけで安心して眠れるというのです。人に対して話をしても心が軽くなるのだから、相手が神様ならそれ以上です。それに人間は、どんなに信頼出来る人であっても不完全です。でも神様は完全です。神様は全世界を造られた方です。そしてボクたちの事を一番よく知っています。この神様が、ボクたちの叫びを聞いてくれるだけでなく、ちゃんと応えてくださり、支えてくださるのです。

神様がボクたちの味方です。だから、恐れることはありません。何かあったら、今度は神様に祈ってみよう。神様は必ずそれを受け止めてくれるはずです!

◆考えてみよう◆
今、自分では手に負えないほど大きな悩みはないかな?今までに、そういう経験をしたことは?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたはボクのどんな悩みでも聞いてくれる方です。今、ボクの心配事をすべてあなたにお任せします。どうか、寝るときも起きている時も、何をやるにも安心して、のびのびと行なう事が出来るように支えてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


心配しなくていいよ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月15日金曜日

あたたかく包む

おはよう!今日は金曜日。今週、あと一日だけ学校がんばろうね!(笑)

◆今日の聖書◆
神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。(創世記3:21)
わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。(ヨシュア1:5)

◆どういうこと?◆
人は神様にそむいてしまいました。そして、神様からかくれたり、人のせいにしたりしました。その結果彼らは「エデンの園」という楽園から追放され、本来の祝福を体験できなくなってしまいました。でも、神様はどんな状況になったとしても、決して人を見捨てたりはしません。どんな時にもボクたちの必要に目を留めて、その両手を広げてあたたかく包んでくださる方なのです。たとえそれが、ボクたちの側の失敗だったとしても。

神様は、裸であるアダムとエバのために、他の動物の命を身代わりとし、その皮をはいで衣服を作り、彼らに与えました。同じように神様は、ボクたちの罪の身代わりとして、イエス・キリストを十字架につけてくださいました。それは、ボクたちがゆるされ、もう一度祝福の道を歩む事ができるようにするためです。

十字架は、神様の愛のシンボルです。神を信じる者は、十字架を見上げるとき、自分自身の罪深さと同時に、神様の愛の大きさを思い起こすのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、十字架の愛を感謝します。あなたはボクがどんなに取り返しのつかない罪を犯したとしても、決して見捨てないと約束してくれました。この大きなあたたかい愛を、いつも思い起こすことが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン。」


今日も神様の愛に守られて過ごせますように!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月14日木曜日

人のせいにしない

おはよう!
今日も元気にガンバロー!!

◆今日の聖書◆
人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」そこで、神である主は女に仰せられた。「あなたは、いったいなんということをしたのか。」女は答えた。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」(創世記3:12-13)

◆どういうこと?◆
「なんでこんなことしたんだ!!」とか言われると、ついつい「いや、アイツがやれって言ったから・・・」とか、すぐに人のせいにして言い訳していませんか?これこそが罪深い人間のリアクションの一つ、「責任転嫁(せきにんてんか)」です。

男は、自分が命令を破ったのを「この女のせいだ!」と言いました。そして、女は「へびが悪いのよ!へびが!」と言いました。へびは・・・手も足も出ない・・・!いや、まだ人のせいにしなかっただけへびの方がましかもしれません。

確かに、「この女が言ったから」とか「へびが惑わした」というのは、その通りでしょう。でも、最終的にそれを行なったの自分です。誰かがやったから自分がやったというのは理由になりません。一つ一つの自分の行動には、自分が責任をもたなければならないし、何か失敗をしたら、自分でそれを受け止めなければなりません。それこそが、「男らしい」態度なのです。

確かに、「あいつがやれって言った!」のもきっと事実なのでしょう。そういう意味で、言い分はあるかもしれません。しかし、その結果、やるべきでないことを選び取ったのは自分なのです。人のせいにして逃げてばかりいるのは、そろそろやめにしませんか?

◆考えてみよう◆
自分は人のせいにして、逃げてばかりはいませんか?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、もっと男らしく、自分自身に責任をもって行動することが出来るようにさせてください。自分で受け止めるべき事は、逃げずにしっかりと受け止めることが出来ますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


男らしくなろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月13日水曜日

かくさないで生きよう

おはよう!昨日の日本vs韓国戦は無得点だったけど、最後まで気の抜けない試合だったね。
さて、今日は世界の始まりのストーリーに戻ります。

◆今日の聖書◆
そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」(創世記3:8-9)

◆どういうこと?◆
みんな、今までに何か悪い事をしたはある?人はそういう時、昔から共通の反応をしてきたようです。それは「かくれる」ということです。

かくれたり、かくしたりするってことは、自分が何か悪い事をしたんだという自覚があるってことだよね?だけど、もしそれをかくすなら、もう一つ悪い事を重ねてしまうことになります。そして、バレるかもしれない、見つかるかもしれないと思いながらビクビクと生活して、本来のいきいきとした自由な生活ができなくなってしまうのです。

でも聖書の別の箇所にはこのように書いてあります。
「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」(1ヨハネ1:9)

もしボクたちが罪を犯しても、それをちゃんと自分で認めて言い表すなら、神様はゆるしてくれます。実は、それが一番勇気のいることなのです。でも、その告白さえあれば、神様はボクたちを悪からきよめてくれます。
ゆるされているという実感なしに、人は自由に生活することが出来ないのです。

◆考えてみよう◆
1. 今、何か隠していることはないかな?それが原因で心がすっきりしないことはないかな?

2. みんなだったら、何か失敗したり、悪い事をしてしまった時は、どうする?どうしたらいいと思う?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたがすべての罪をゆるしてくださることを感謝します。もう、かくれたり、かくしたりしないで正々堂々と生きる事ができるように力を与えてください。そして、失敗したり悪い事をしてしまった時でも、勇気を出してそれを告白することが出来るようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

今日もすっきり歩もう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月12日火曜日

誘惑のささやき

おはよう!昨日はきっちりと勝つ事ができたね。おめでとう!最後のトーナメントだから、悔いの残らないように頑張ろうね!

◆今日の聖書◆
そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べる時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするという木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。(創世記3:4-6)

◆どういうこと?◆
悪魔は実にずる賢い存在です。そして、ちょっと油断するとすぐにボクたちの心にささやいてきます。それも、みんなが気がつかないように、実に巧妙に語りかけてくるのです。「それくらい大丈夫だよ。絶対死んだりしないよ。いや、むしろそっちの方が楽しいんだぜ。神はいろんな規則でお前をしばりつけようとしているだけなんだぜ・・・。」

みんなは、そんな風に誘惑を受けたことはありませんか?ある時は友達を通して。ある時はテレビや映画を通して。もちろん、友達もテレビも映画も、悪魔ではありません。しかし、そんな身近な存在すら巧みに利用して、悪魔はみんなをだまそうとするのです。

そもそも、神様が人類に与えられた命令は、たった一つだけの簡単なものでした。しかし、一番始めの人間であるアダムとエバは、まんまと悪魔のささやきに引っかかってしまい、そのたった一つの命令を破ってしまいました。それから後の人類の様々な悲劇は、すべてそこからスタートしたのです。

◆考えてみよう◆
自分では正しくないと思うのに、友達やグループの仲間から悪いプレッシャーを感じることはないかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、毎日たくさんの誘惑やプレッシャーがあります。どうか正しいことを選び取り、神様の守りの中で自由に過ごす事ができるように助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


今日も守られますように!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月11日月曜日

敵がふえても

おはよう!昨日は雨で市長旗杯は中止だったけど、ちゃんと調整もできて良かったね!さあ、今日は本番です!

◆今日の聖書◆
主よ。なんと私の敵がふえてきたことでしょう。私に立ち向かう者が多くいます。・・・しかし、主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。(詩篇3:1,3,4)

◆どういうこと?◆
みんなにとって、敵ってどんな存在かな?みんなが一生懸命努力していることを台無しにするような人のことかな?嫌がらせや邪魔をしたり、やる気をなくさせたりするような人の事かな?実際に誰かが敵のこともあるだろうけど、実は神の前に正しく生きようとするときは、敵は自分の中に存在する事もたくさんあります。

神様は、ボクたちの敵がどんなに多くても、私の回りを取り囲んで守ってくださり、私たちの求めに答えてくださるお方です。私たちに立ち向かう敵に立ち向かう一番の方法は、声をあげて主に求めることです。つまり、祈る事です。

◆考えてみよう◆
1. 君にとって、敵とはどんな存在?

2. ボクの中に敵がいるとしたら、それは何かな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、どんなに敵が増えてきても、私を守ってくださることを感謝します。どうか、あなたに従う人生を送る事ができるように、助けてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」


それじゃあ、頑張って!!
Vamos Esperanza!

2010年10月10日日曜日

成功する人生

おはよう!今日は市長旗杯の初戦だね!落ち着いて、持っている力を出し切って頑張ろう!

◆聖書箇所◆
幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。(詩篇1:1-3)

◆どういうこと?◆
ボクたちの周りには、いろいろな悪の誘惑があります。一度悪の世界に足を踏み入れると、それからずるずると抜け出せなくなってしまいます。初めは単なる好奇心なのかもしれません。しかし、どこかで人生の歯車を狂わせ、結局は自分自身の人生をダメにしてしまうのです。

反対に「何をしても成功する人生」を送る秘訣があります。それは「主のおしえを喜びとする」ことです。つまり、聖書のことばに親しみ、心にたくわえることを通して、悪に打ち勝つのです。神様のことばは、勝利です。神様のことばは、ボクたちに正しいことを選ぶ勇気と力を与えてくれるのです。

そういう人は、何をしても栄えるのです。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、悪の誘惑に打ち勝つことが出来るように、助けて下さい。正しいことを選ぶことができる勇気と力をあたえてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」

今日も勝利だ!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月9日土曜日

自由とルール

おはよう!日本代表が勝ったね〜!!ワールドカップを終えて、日本はすごく自信をもってプレイするようになったと思います。ボクたちも、世界を目指して頑張ろう!

◆今日の聖書◆
神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2:16-17)

◆どういうこと?◆
ルールのないサッカーって、面白いと思う?手を使っても良い、人を殴っても良い、ピッチもゴールも決まってない。・・・それじゃぁ、絶対に楽しいはずがないよね。サッカーは、ルールがあるからこそ自由にプレイする事ができるし、目的があって、楽しいんだ。
でも実は、サッカーもその起源をたどると、ほとんどルールのないものだったらしい。でも、それでは危ないし、楽しむ事が出来ないということで、統一ルールを定めて行なわれるようになったんだ。それで、皆が自由に楽しめるようになった。

それと同じように、人生にもルールがある。ボクたちを造った神様が定めたルールだ。初めはたった一つのルールだったんだ。ルールや規則があると、破りたくなってしまうのが人間の弱さ。でも、ルールというのは本来、人を守るためにあるものなんだ。

◆考えてみよう◆
君にとってルールとは、自分をしばるものかな?それとも自由にするものかな?

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、本当の自由とは何かを教えて下さい。そして人生を最高に楽しむ事ができるようにさせてください。ルールは自分のためにあるのだという事を、はっきりと分かるようにさせてください。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン。」


今日も頑張ろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月8日金曜日

いのちの息

おはよう!今日は、日本対アルゼンチン戦があるね!大切な試合なので、練習も休みになりました。みんな、しっかりと見て学ぼう!

◆今日の聖書◆
神である主は土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。(創世記2:7)

◆どういうこと?◆
人間も動物も、死んだら土に帰っていきます。人間や動物を構成している成分は、もともと地上にある「ちり」と変わりありません。そういう意味では、動物も人間も同じです。

でも神様は、人間を特別な存在として造りました。神様は、人間だけに「いのちの息」を吹き込まれたのです。これは「霊」とも呼ばれます。「霊」とは、神様のことを感じる事ができる部分です。
サルがどんなに賢くなったとしても、世界中どこを捜しても、サルが集まって神を礼拝している姿を見ることはできません。逆に人間は、どんな時代でも、どんな未開の土地でも、必ず何らかの神を、何らかの形で礼拝しています。それは、人間だけに「いのちの息」が吹き込まれている証拠です。

神様を礼拝することは、すべての人間の造られた目的のひとつなのです。


◆考えてみよう◆
1. 自分の中には、神様の存在を感じる事ができる「霊」があるかな?

2. 神を礼拝するって、どいういうことだろう。


◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたを礼拝します。造られた目的にしたがって自分らしく生きていくために、あなたの事をもっとよく知る事ができますように。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」

◆特別に祈ろう◆
「神様、今日はNOBUがU-17日本代表のテストにチャレンジします。今までの学んできたことを出し切って、悔いのないプレイをすることが出来る様に助けてください。必要以上に緊張することなく、自分のやるべき事に集中できるようにさせてください。そして、必ず代表の座をもぎとることができるますように!信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン!」

NOBUがんばってね!!
ボクたち皆もがんばろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月7日木曜日

非常に良かった

おはよう!そろそろ慣れてきたかな?

◆今日の聖書◆
神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。(創世記1:31)

◆どういうこと?◆
神様がすべてのものを造り終え、あらためてそれらすべてを見た時の感想は「非常に良かった」ということ。この世界の全てのものは、本来すべて良いものなのです。
ボクたち人間も、神様によって造られた。だから、本来人間も「非常に良い」存在だし、神様はボクたちのことをそのように見て下さっています。

誰だって「良い」って評価をされると嬉しいよね。オルテガさんに「うまーい!ムイ・ビエン!」って褒められればすごく嬉しい。
でも神様が「良い」と言っているのは、何かをうまく出来たかとか、逆に出来なかったとかに関係なく「良い」と言ってくれているんだ。

ボクたちの存在そのものが素晴らしい。誰ひとり、失敗作なんてない。
だから、ビクビクする必要はない。自信を持って、自分らしく歩めばいい。
神様はどんな時でもボクたちが「非常に良い」存在だってことを知っていてくれるのだから。

◆ひとこと祈ろう◆
「神様、ボクのことを『非常に良い』と言ってくださり、感謝します。その言葉を信じて、自信を持って過ごせるようにしてください。イエス・キリストの名前でお祈ります。アーメン」

自信もって頑張ろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月6日水曜日

神のかたちに造られた

おはようございます!

◆今日の聖書◆
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。(創世記1:27)

◆どういうこと?◆
人間は、神様の性質に似た者として造られました。ですから、神様の事を知れば知るほど、人間が本来どういう存在であるのかが分かってきます。

神様の一番の特徴は、天地を造られた創造主であるということです。人間には、他の動物にはない「創造力」が備わっています。創意工夫を重ね、小さくて高性能なゲーム機を作ったり、かっこいい携帯電話を作ったりして、新しい文化や文明を作り出すことができます。何か問題があったときには、一生懸命考えて、解決することができます。

神様がどのような方であるのかを知れば知るほど、自分の目的が見えてきます。生きがいが沸いてきます。この世界で輝いて生きていくための秘訣は、この神様のことを良く知ることに尽きます。

◆考えてみよう◆
神様ってどんな方だと思う?


◆ひとこと祈ろう◆
「神様、あなたの事をもっとたくさん知ることが出来るようにしてください。ボクが生きている目的が分かるようにさせてくだい。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」

神様の守りがありますように。
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月5日火曜日

光があれ!

おはよう!今日は昨日の続きのことばです。

◆今日の聖書◆
神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。(創世記1:3)

◆どういうこと?◆
神様が全世界を造られた時、神様は「ことば」を用いました。神様のことばには力があります。何もない所から、新しい物を生み出す事ができるのです。神様にとって、不可能はありません。

この神様は、ボクたちの心にも「光があれ」と命じています。今、何かの理由で心が重たかったり、悩んでいたりしている人はいるかもしれませんね。神様はそのような状況にも、必ず光を与えてくださると信じましょう。

◆ひとこと祈ろう◆
神様の力を求めて、ひとこと祈ってみよう。
「神様、ボクは今、○○で悩んでいます。でも、あなたは必ず解決を与えてくださると信じます。イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン」


それでは、よい一日を!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤

2010年10月4日月曜日

はじめに神が

おはようございます!
今日は初めてのメール配信なので、聖書の一番はじめの箇所を送ります。

◆今日の聖書◆
初めに、神が天と地を創造した。(創世記1:1)

◆どういうこと?◆
永遠のベストセラーと言われている聖書は、この衝撃的なことばから始まります。
この世界中のすべてのものは、神様によって造られた。海も山も動物も植物もすべては神様がつくったもの。
この世界は、偶然に出来たものではない。ボクたち人間は、アメーバやサルから偶然に進化して生まれて来たんじゃない。
ボクたち人間は、神様によって、目的をもって造られた存在なんだ。

◆考えてみよう◆
1. 神が人間をつくった?それとも人間はサルから進化したのかな?

2. ボクたちの人生には、意味や目的はあるのかな?


今日も一日頑張ろう!
Vamos Esperanza!
チャプレン佐藤